- ナノ -

豪運
ふて寝をした先で、夢を見た。
まだ私が以前の市でも、正義の人なんて呼ばれていなかった頃。
夕飯の材料を親に頼まれて車で買いに行った帰り道。
未だ春だというのに、商店街のくじ引きで大筒の花火筒を当てて、夏までにしけりそうだし、これどうしようかなぁ。と考えながら運転していた時のこと。

テレビで見た豚の貯金箱に手足が生えたような怪人と、それを追いかけて路地裏に入ろうとする男子高校生を。
何をしているんだ、と思ったけど。その時にはハンドルをそちらへ動かしていた。
急カーブをして路地裏の正面を見た時、そこには先ほどとは真逆で、路地裏に追い詰められる男子高校生と今にも攻撃をしかけようとする怪人がいた。

人が危機に晒されているのを見て『何もしないという選択をできる人間』はどれほどいるだろうか。

川に子供が溺れていたのを見て、子供と全くかかわりのない大人が助けようとして、共に溺れる。
身勝手だろうか、無様だろうか。
でも――その場で『動かざるを得ない』人がいるのだ。
冷静に判断して、助けを呼んだり、自分の身を守りつつ、最大限に出来ることをするのが普通かもしれない。
だが、いるのだ。相手が次の瞬間に死ぬと思い、その瞬間を見ることに耐えられず、動いてしまう、そんな人間が。

だって――助けられるのに、助からないなんて、そんなこと恐ろしくて出来やしないじゃないか。


途端、派手な衝突音。爆発音にも感じられるそれは、車のボンネットをひしゃげさせ、目の前にはエアバック。
またやってしまった――そう感じながらも私はどうにか半ば原型を留めていないドアから商店街でもらった花火筒とおまけでもらったマッチを鷲掴みにした。
路地に軽とは言え、無理やり斜めにアクセル全開で突入したため、車はボロボロ、そして右のコンクリート壁と車のボンネットの間に――ふざけた見た目の怪人が挟まっていた。

「き、さまァ……ッ!?」

言語を操れるらしいその豚の口に花火筒を無理やり突っ込んだ。
それからマッチを擦って、筒の先端にある導火線に火をつける。
マッチを放り投げて、後ろを振り向けば呆然と腰を地面につけている男子高校生がいて、その場に駆け付けた。

「あんた、は」
「ちょっと熱いかもしれないけど、少しだけ耐えてくれ」

時間がないので、高校生にそれだけ告げてその体を覆うように抱きしめた。
その瞬間に――背中から感じる強烈な熱と刃のような痛みと鼓膜が弾けるような轟音。
あまりの衝撃に意識が遠くなりつつも、怖くないように、怖い思い出にならないようにと腕の中の子供を抱きしめた。


数分――いや、数十秒だろうか。
時間が経過して、耳が何も聞こえない時間が過ぎ。
腕の中の高校生が動くしぐさで体が動いた。

身体が猛烈に痛いが、どうにか動かして腕の中を確認する。
そこには不安げな顔をする男の子がいたので、身体を離して全体を確認する。
――火傷になっているところもなさそうだ。
ただ、何かに殴られたような跡がある。怪人によって怖い思いをしたのだろうと途端に苦しくなって、どうしていいか分からずに、ただ申し訳なくてせめてもの慰めになってほしいと頭を撫でた。
どうにか立ち上がって、背後を見れば、そこは爆発現場のようになっていた。
まぁ、花火が地上で爆発したのだ。そりゃあ、そうなるだろう。
貯金箱の怪人は、見事手足だけ残し爆発四散していた。背中に感じた刃のような痛みは貯金箱であった身体が弾けとんだからだろう。

いやはや――大体は豪運のお陰か、怪我をしないで済むんだけど、時々大なり小なり怪我をすることがある。
今回は怪我をする時だったか、と思いつつとりあえず救急車を呼ぼうと振り返る。高校生の子も、怪我がないか見てもらわないと。

そうすると、彼は立ち上がって私を真っ直ぐに見ていた。
なんだか泣きそうな表情に、どうしようと狼狽した。

「――――――」

少年が何かを言っているが、鼓膜が破れたのかそれとも機能を取り戻していないだけなのか、音が全く拾えない。
ただ、表情から不安なのだろうかと読み取って「大丈夫」とだけ告げた。

「――――――!」

何かを叫んでいるようだったけれど、聞こえない。
どう反応していいか分からず、耳が聞こえないことを打ち明けようかとも思ったが、様々なことが突然起こってパニックになっているのではないかと推測した。私だったらこんなことが突然目の前で起こったら喚き散らすに違いない。
だから、何故か少年がこちらに伸ばしてきた手を取って、どうにか笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ」

そう言ったら、彼、どんな顔をしていたんだっけ――。

そこで、目が覚めた。
一つ欠伸をして、それからごろりと寝返りをうつ。
そういえば、耳がまったく聞こえなかったから、名前も知らないな。あの子。
でも、もう怖い目にあってなきゃいいんだけど――。

懐かしい、そして後先考えない自分の行動を思い出して恥じつつも、どうにも変わらない現実にまた瞼を閉じた。

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bkm