- ナノ -

小心者
運が強いといったが――すでにこれは悪運の域に達している。
本人の意思に関係がなく、更には厄介事を押し付けてくるからだ。
私は地元を逃げ出し、と言ってもそこまで遠くに行ったわけでもなく(家族心配だし)隣の市にアパートを借りた。
地元の市では嫌に有名だった私も隣の市に移ればその影もなく、私の顔を知る人などおらず、ファンもサインを強請る人も握手を強請る人も、盗撮をする人も――私に助けを求める人もいない。あまりにも嬉しい解放感だった。
地元の企業に就職していた私は仕事も辞めてしまっていたので、新しい仕事を探しつつバイトを転々としていた。
本当は正社員として堅実に、そして責任感を最小に抑えて仕事をしたかったが、豪運が我が身を晒す。
バイト先では必ず何かしら事件が起き、そしてなぜか私が解決する。そうすると背筋がぞわぞわとする、あの感覚を周囲の人から向けられる。

『生江さんがいれば助けてくれる』『すごい、尊敬しちゃう』

おいやめろ、それは私の実力じゃないし、そもそも事件が起こったのは私の豪運のせいだし、尊敬なんかもう懲り懲りだ。
そんなことが必ずバイト数日から数週間以内に起こり、居心地が悪くなって辞めてしまうのだ。毎回物凄く残念がられるものの、何故か「でも生江さんも事情があるんだよね」と温かい言葉と共に見送られる。貴方たちのなかで私はどういう扱いになっているんでしょうか。知りたくないが。
正社員としての仕事が決まるまでの繋ぎとしてバイトをしていたはずなのに、正社員となってもこうなると予測できれば寧ろ辞めづらい場所に自ら入る気も失くす。
そうしてプラプラとフリーターだ。はぁ、自分の存在価値が見出せない。
そんな私をいやしてくれるのは唯一前世から好きだったアニメや漫画、ゲームの数々だ。
男になったせいか、前世では範囲外だったギャルゲーや男性向け漫画も大いに嵌り、人生の楽しみが増えた。
その楽しみがあるから存在価値に疑問を持っても生き続けられるが、この欲求が無くなったときが怖い。でも死ぬのはもっと怖いし無気力にはなりたくないし、何か別の自分の何かしら生産しているという何かを見つけたいものである。

さて、そんな事情があるため、私は結構金銭的に辛かったりする。
なんて言ったってバイトは短期間で止め、オタク趣味に沢山のお金を注ぎ込んでいるのだからそりゃあお金も無くなる。
家計は火の車で、だからと言って事件が起きた時にお礼に!と言われ渡される高価な品や現金を受け取るわけにもいかない。受け取ったらその時点で利害関係出来て次からもお願いしますの意だからね、人ってそういう風にできているんだよ――と、そんなことはおいておいて。まぁ私は金欠だったわけだ。
そんな私の口座にいつの間にか――多額のお金が入るようになっていた。

目玉が零れ落ちるかと思った。
だってバイト代でもらえる賃金とは桁が違ったのだ。
私ってもしかして正社員だったっけ? と思ったほどだ。
だが、実際は違った――慌てて通帳記帳すると振り込んできた先が『ヒーローキョウカイ S級ホウシュウ』と通帳に印字されていたのだ。

この世界は前世と色々、違いがあったりする。
その中で顕著なのが、よく戦隊モノなどで登場する『怪人』が存在することだ。
かなり前から出現するようになった怪物のようなもので、それらは完全な地球外生命体的なものだったり、無機物だったり、人が悪意などから変化した姿であったりする。
その怪人たちは、初期の出現時はそこまで強力な化け物ではなく、警察が出動すればどうにかなっていたものだったが、それがだんだんと警察では――普通の人では対処できないものになってきていったのだ。
さて、ならばその状況下で何が発生するかといえば――ヒーローだ。
人を助けるヒーロー。怪人がいるのならば、ヒーローも発生する。自明の理だ。だってここは『そういう世界』なのだから。
普通の人でも努力すれば人を圧倒する怪人を倒す力を手に入れることができる。『そういう仕組みの世界』なのだ。ここは。
どこかの世界で霊力が存在するように、どこかのアニメで悪魔の実が存在するように、どこかのゲームで魔力が存在するように。ここにはそういう世界の仕組みがあったのだ。
私はそれに、納得している。だってよくよく考えてみれば、この世界を私は知っていたからだ。
『ワンパンマン』。主人公の、確かー―さいたま? だったかがワンパンチでどんな強い怪人でも倒してしまう作品だったはずだ。確かアニメなども放送されていた気がするが、流行に乗り遅れた私は立ち読みで数ページさらっと読んだだけだったから、気づくのが遅くなってしまっていた。
だが、たぶんワンパンマンの世界だと思う。たぶん。ハゲのヒーローの話が出てきたらたぶん確定だ。そんな話聞いたことないけど。
恐ろしい世界だとは思うが、アクションギャグマンガ枠だったと思うのでたぶん大丈夫だと思う。たぶん。

話が逸れてしまった。大事なことだったけど、そこは私の通帳残高が増えたことよりは重要じゃない。
『ヒーロー協会』。あまりにも素直なネーミングだが、その名の通りヒーローを統括している協会だ。怪人が発生したことで現れ始めたヒーローを管理し、その強さや知名度において順位付けをし、更には報酬を払う。

そこに――何かの間違いか私がヒーローとして、挙句には――S級ヒーローとして登録されている!

動揺しまくって家に急ピッチで帰って夢かと思って寝た後にまた通帳を見たけどやはり金額は変わっていなかった。
突如増えた残高に、私は戦慄するしかなかった。
そして、私が次にした行動は――他人に成りすませてヒーロー協会に探りを入れることだった。

仕方がない、仕方がないことなんだ。
だってその、生江本人なんですけど……って電話入れてみろ! また何か巻き込まれるかもしれないし、まさかだが賃金窃盗犯として捕まるかもしれないじゃないか!
近場の公衆電話からヒーロー協会に電話を入れて、S級ヒーローと呼ばれる人たちを上から聞いていった。そういう質問は結構来るのか、慣れた様子で早口にしゃべる受付嬢の言葉を聞きながら――私は再び戦慄した。

S級ヒーロー6位。『キング』

吐き気がした。だってその名前を、私は聞いたことがある。
私この人生では男として生を受けた。そして地元で有名になった際に、いつの間にかつけられた忌々しいあだ名というものがあった。
それは――『キング』。正義の人、正義の王様。この人がいる限り、私たちは絶対に安心だから――そんなありもしない幻想を子供が考えたような名前に集約したものだった。

私は直談判して、ヒーロー協会からその名を消させた。
何しろ、自ら登録したものではない。誰かが勝手に申請を出し、そしてその実力がとんでもないものだったために登録されたらしい。ふざけんな、そんなことがあってたまるか。それから、口座だって個人情報だ。それを勝手に使用されたことについても猛抗議しておいた。当たり前だ、私はヒーローなどになる気はなかったのだから。
口座に振り込まれていたお金は――迷惑料としてちょっともらって後は返した。いやちゃんと交渉した結果だから。
ただその際に『再び他者から申請があり、また功績があまりにも大きかった場合は登録されてしまう』という言葉にうなずいたが最後。

数日後に、再び口座にお金が振り込まれる。登録されていたので抗議をして取り消す、お金を返す。
数週間後に、再び口座にお金が振り込まれる。登録されていたので抗議をして取り消す、お金を返す。

そのやり取りが何度も何度も続いた。
豪運のせいか、マジで私が全く関係のない事件の功績も私のものになっていたりして、もうキリがなかった。
協会とのやり取りのせいで、ゲームも漫画もアニメもろくにできない日々が続いた。こちとらバイトもやっているのだ。生きるのに日々必死なのに、どうにかプロヒーローになってくれというしつこい宗教勧誘のようになってくれという懇願をお金を返す際にやり取りしなければならず、睡眠時間は削られ続ける日々。
怪人の出現頻度も増え、バイトをやめる周期も短くなった。
趣味を楽しめず、睡眠時間も削られ、お金もない私は――諦めた。

そう、考えてみれば、私の人生は諦めの連続であった。
前世で死んだことを悔やみ泣きわめいても誰にも理解されることはないのだと諦め。
自分の豪運のせいで巻き込まれる事件を受け入れるしかないのだと諦め。
正義の人として私を崇める人々に対して、それでいいのならと諦め。

ただ一度――もう耐えられないと逃げ出した先で。
結局逃げ場などないのだと痛感させられた。

私は結局、ヒーローという立場を受け入れた。
しかし、協会側には実力を誤解していることや、私の功績とされている事柄の一部が私とは全く関係ないことであることを説明した。信じたかどうかは、知らないが。
また同時に一つ条件を飲ませた。『協会の指示では動かないこと』『私のプライベートに一切干渉しないこと』『私の行うことに対立しないこと』。それを害した瞬間から私はヒーローではなくなる。こんな約束がなんの役に立つかは分からなかったが、それでもないよりはましだと思った。
一応、S級ヒーロー全員に配布されるという通信機だけは手元に置いておいてくれと言われ、それは家にはある。

そして私は、実力もないくせに、S級ヒーローとなったのだった。

「……生きてる、意味とは」

いつの間にか増え続ける口座残高のお陰で、家に仕送りもできるぐらいになった。
高いマンションに住めるようにもなった。
ただ私は以前と同じ――いや、それ以上にファンなんてものができ、外に出るには顔を隠さなければならなくなった。

ああ、馬鹿らしい。
持っていた通帳を投げ出して、ベッドに飛び込んだ。

「私を助けてよ、ヒーロー」

いつか悪運にさえ見放されて、虚実に満ちた嘘つきが罪のない誰かを守れず諸共死ぬ前に。

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bkm