- ナノ -

ベルナドット成り代わり(hellsing・セラス)


突然だが、俺は転生っつーもんをした。
それは確実で、前世の記憶だってきっちりある。
だからこそ、よく分かる。

この世界が、俺の居た世界とはまったくの別世界―――危険極まりなくておっかねぇ世界だってことが。


「ベルナドットさん」


ギュウ。と抱きしめられる。
その力は存外強く、服の外からの圧迫だというのに腹に重圧が掛かって仕方が無い。
苦しいといえば苦しいのだが、可愛い女の子の前でそんな弱音は吐かない。
いや、実際のところ。言ったところで離してもらえなそうっていうのが本音なんだがな。


「なんだぃ。譲ちゃん」


弱弱しく吐かれた俺自身の、この世界での名前に軽い口調でそう返す。
傍から見れば、抱きつく女と優しく包容している男だろう。
俺は包み込むように抱きしめてやってんのに、愛しの女は絞め殺す勢いで抱きしめてるって、何気笑えねぇわ。

ああ。なんか、本気で辛くなってきた。
なら引き剥がせって話なのだが、どうにもこうにも、彼女の力は強い。
というか、強すぎる。男で、しかも体格のいい俺なのだが、その力でも引き剥がすには一苦労。
つかたぶん、引き剥がせないんじゃないか?その前に俺の身体が破裂しそうだ。
それに、抱きつく女を引き剥がすのもなんだろう。

それに、気持ちはちょいとばかりだけだが、分からなくも無い。
前世が女だったこの身としては、この女の子がどんなに辛く心細い想いをしているのかっていうのは、少しだけだが。


「ベルナドットさんは、どっかに行きませんよね」

「あぁ……つか譲ちゃんに捕まってんだから、何処にもいけねぇだろう」


俺の胸板部分に顔を埋めている所為で、くぐもった声でそう問われる。
それにいつもの調子で答えて、頭を軽くさする。

手袋を脱いだ素手ごしに彼女のフワフワとした金髪の髪の感触が伝わってくる。
不思議なもんだ。彼女はこうしてここにいるのに、彼女は死んでいる。
出会って早々吸血鬼と説明されて、信じられるわけもなかったが、この子の次にやってきた旦那の登場の仕方に信じえざるおえなかった。
そうして、勿論彼女も吸血鬼ということになる。
それは、数日間過ごしてみて十分に分かった。
鋭い犬歯。人に見えるわけのない場所まで見える眼力。筋力体力。全てが見た目とは食い違い人としてありえない。
だが聞くところによると、彼女はまだまだ新米吸血鬼のようで。
吸血鬼に新米も何も、とは思うが。

彼女は、まだ人間としての自分を捨てきれていない。
いや、捨てられないのだろう。怖くて、恐ろしくて。
そりゃあそうだ。怖いよな。婦警してただけの女の子が、いきなり吸血鬼になって血を吸う化け物になったらなぁ。

と、色々考えていたら、更に抱きしめられる力が強まった。
オイオイ、こりゃあちょっと……。


「行かないで、行かないで下さい。嫌です、嫌です……もう、大切な人が、死ぬなんて」


消え入るような声。
ああ。ったくよ。そんな声出されたら、吐きそうだから離してくれなんて言えねぇじゃねぇか。

ああ。ホント罪な女の子。
ドサクサにまぎれて大切なんて言ってくれちゃって。俺以外の奴だったら襲われて当然だぞそれ。

しかも、ここは俺の部屋だしなぁ。
ヘルシング家の有り余った部屋の一室。俺だけが一人集中できるようにってんで一人部屋を勝ち取った。
簡単に言うとジャンケンでだけどな。男どもと同室なんぞ誰が望むか。

それで、譲ちゃんは怖い夢でも見たのか、夜中に俺をたたき起こしてベットの上で抱き合ってるってこった。
なんだこれ?襲って欲しいのか譲ちゃんは。

そんな軽口を叩きたいのだが、残念ながら圧迫された臓物は俺の息と言葉を奪うばかりで言葉を発せさせようとしない。
なんだ?こんなときぐらい空気読めって?こんなときだからこそだろうよ。

弱音は吐くなよ。辛いと思うな。
苦しくったって悲しくったって未来は濁流みたいに流れ込んでくんだ。
だから、こんなちょっとした休憩くらいは楽しんでいこうぜ。
それに、折角俺と一緒にいるんだ。話して笑って、明日へ歩もう。

だから、そんな悲しそうな声出すなよ。
ホント、襲うぞ?


「……ああ」


耳ともで囁いたら面白そうだなと思いつつも口から出た言葉は吐息のようなそれだけで。
ああ、どうやら肺にとことん空気がなくなってしまったようだ。
だから、こんな力なく、女の子の請うような問いにも気遣い半分っぽい答えしか返せねぇんだ。


なぁ。譲ちゃん、さっきの言葉、要約すんと、俺のこと好きだから先に死んでくれるなっていうことだよな。
嬉しいぜ。だが、その願いは無理ってもんだ。少なくとも、こんなおっかねぇ世界じゃあきっと譲ちゃんよりは先に死んじまうな。
ハハ、でも、俺もお前のこと、大切に思ってるぜセラス。


そんなくせぇこと言いたいんだが、それも許してくれない女吸血鬼は、顔を埋めたまま寝てしまった。
あーあ。ホント、罪作りな女。




寂しがりやな吸血鬼と諦める人。

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bkm