- ナノ -

私は貴方に首ったけ!
やばい本当にどうしていいか分からない。

結局鍛錬どころではなくなったし、顔面崩壊したのを曹操殿に笑われたし、合肥三人組がめちゃくそどうしたどうした!って囲んできてめちゃめちゃに武器を振り回してなぜか模擬戦になったし(勿論曹操殿に危険が及ばないようにしたが!!)本当に、幸福と羞恥心がいっぺんに降りかかった時間だった。
というか、顔面崩壊した姿を曹操殿に見られたのが一番辛い。絶対に変な顔をしていたと思う。だからこそ曹操殿は笑ったわけだし、というかそもそもどうして曹操殿は私のて、手のひらに、あ、あんな、あんなのまるで、まるで―――王子様じゃないかあああああああああああ!!!!!あああーーーーーーーーーあまりにもかっこいいいいいいいいいいいい死ぬ!!!!!私が爆死する!!!!!

重度かつ教育が行き届いていないモーオタになんてことをされるのだ。暴走するぞ。いつか好きです靴をなめさせてくださいとか言い出してしまいそうで怖い。命じられたら出来てしまいそうなところが本当に危ない。曹操殿はそんなことをいうはずがないが。

と、模擬戦を行い、その後も悶々と過ごし――ついに、夜になってしまった。
そう、夜だ。曹操殿は日が落ちた時間に来いと仰られた。具体的な時間は指定されなかったが、日が落ちた瞬間には曹操殿の部屋の扉が見える位置にいた。というかそもそも一刻は前についてはいた。当然だろう! 曹操殿を待たせられるはずがない! が、しかし、陽が落ちた瞬間に戸を叩くのも耐え性がないと思われることは必須だろう。くそ、こんな状況今までありえなかったからか、どうしていいか分からない。
前世を思い出せ! 私はいったいどうしていた!? 駄目だ、今生でめちゃくちゃに固くて融通が効かない生活をしてきたからどうしていたか思い出せない! 詰んだ!!

そもそも酒盛りのため、平服を着てきたが、もしや武装してきたほうがよかったのではないか? 寧ろ主君の前で何をそんな気の抜けた服装をしているんだと思われるのではないか。
そう考えると一度自らの部屋に戻り、服装を変えてこなくてはならないのでは? しかしそんなことをしていれば、曹操殿が待ちくたびれてしまうだろう。
一体私はどうすればいいのだ。というかなぜこんな事態になっているのだ。私はただ曹操殿が安泰でおられればそれで――この足音は。

「于禁、来ておったのか」
「は……。早すぎたでしょうか」
「いいや、待たずにすんだ。さぁ、こちらだ」

礼をしようとすれば手で止められ、そして笑みを向けられる。
それだけでもう先ほどまでの悩みは全て吹っ飛んでしまった。完璧であらせられる我らが殿。私の小さな悩みなどこの方の前では砂粒に過ぎないのだろう。
曹操殿も常の威厳をさらに強くする服装ではなく、身を休められる平服を着ていらっしゃる。
その姿に今ここにカメラがないことを心の底から悔やむ。一眼レフをくれ。扱い方は分からないが気合でマスターするから、私にくれ。
しかしそのような便利なものはこの時代にはないので、必死で目に焼き付けるしかない。
心の広い曹操殿の後ろへついていき、部屋に入る。
入った瞬間に、心臓がおかしな動きをしたのが分かった。
曹操殿の部屋はやはり広い。だが、そこにあったのは床と机、椅子。そして書の山だ。曹操殿は兵法も嗜んでいると聞いている。私も習って読んだりもしているが、やはりそこまで頭は良くないらしい。それを実際の戦場で活用すると考えると、うまくいかない。

「おぬしのために良い酒を用意させた」
「私ごときに、勿体ございません」
「ふ、おぬしと飲む酒だからだ」

客用らしい、二人掛けの机の上に置かれた酒瓶と盃。
酒も弱い、飲んでも面白くもないだろう私に、いい酒などと思っていれば、口説き文句のような返しをもらい、昼に続けてまた顔面が崩壊しそうになり必死で眉間に皺を作って耐える。
二度目の失敗は厳罰だぞ、于文則!!

「有難き、お言葉」

どうにかそれだけを発する。
曹操殿が椅子に座り、恐れ多いが私も腰を下ろさせてもらう。そうしてみると椅子が若干近くに配置されているため斜め前に曹操殿がおられ、少し手を伸ばせば届きそうな位置にひやひやしてしまう。本当に、酒を飲んだ私、自重しろよ。本当に。
現実に推しがいたら、人間何をしてしまうか分からない。しかもそれが理性が緩む飲酒時のことだ。もう今から恐怖しかない。しっかりと理性を保てよ、私。

「さぁ、少々強い酒だが、飲めるな?」

えっ、まっ、お待ちください殿。それは聞いておりませぬ。聞いておりませぬ。本当にお待ちください。そんなことを言われて私が否と言えるとお思いですか。

「承知、致し、ました……」

言えないに決まってるではありませぬか!!!!! 出来るかと言われたら無理でもできますと答えてしまうだろう尊敬しているお方に言われたら!!!!!
いや、もう了承してしまったのだから気合でどうにかするしかない。するしかないのだが、以前の宴会で記憶がないことを考えると私はやはり―――

「では、楽しもうぞ」
「……光栄に思います」

盃を持った手を伸ばしてきた曹操殿に、自らも同じように腕を伸ばし、乾杯を行う。
手元に戻ってきた盃と、そこに揺蕩う確かに強く、しかし甘い匂いを発する酒に深く眉間に皺を寄せ。
僅かにだけ口に含み、喉を通した。

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bkm