- ナノ -

彼は貴方に首ったけ
治世の能臣、乱世の奸雄。そう呼ばれる人物を、この世界で知らぬものはいないだろう。
国が乱れ、誰もが平和を望む中華で、かのお人は覇王の如く偉大であり、神の如く輝いていた。

つまり何が言いたいかというと――はぁ〜〜〜〜〜私たちの君主最高過ぎでしょ……。ということだ。
ちゃっかり前世が出てしまったが、実は私は前世を覚えている。しかもその前世が少々特殊で、過去の時代ではなく未来の時代の記憶があるのだ。
しかもその中で曹操殿等は実際に過去を生きた人物としても有名であるが、ゲームで大きく知られていたりする。で、私の前世の記憶では、今の曹操殿たちはまるっきりそのゲームの世界の住人そのまんまであったりする。

まぁ、今こうして生きているのだからここがゲームだとかそういうのは関係ないのである。
というかそもそも曹操殿がこうして存在していることが奇跡。すなわちこれ現実。現実って素晴らしい。前世は孟徳クラスタでした。世界よありがとう。
そのような私が今何をしているかというと、曹操殿に仕えさせていただいている。侍女として? いいや、違う。武将としてだ。どうせモブだろうと思うか? いいや違う。私は五大将軍にも数えられるかなり手柄を上げている部類の武将だ。
さてそんな私が誰であるか

「于禁、ここにいたか」
「曹操殿、はっ、少々鍛錬をしておりました」
「精が出るな」

背後からの渋いお声に、思わず背筋が伸びる。
振り返れば、声の通りのお方がいた。曹操殿だ。
ここまで近寄られるまで気づけないとは、武将失格だ。いつ何時でも曹操殿に反応できるように鍛錬しているのにこのようなざまでは! と、戯言はここまでにして、振りかぶっていた三尖刀を下げる。

「わしのことは気にするな」
「いえ、そのような」
「何、わしはお主を探しに来ただけだ」

Why!? 曹操殿自ら私を探しに来ただと!? そ、そんな恐れ多いことをさせて、しかも対応せずにスルーとかできるわけがない。驚きをどうにか胸に仕舞いながら、厳格に尋ねる。

「お手間をかけさせてしまいました。厳罰に処してください。また、私を探していたということは何か用があったはず。何なりとお申し付けください」
「ふ、おぬしは相変わらず堅いな」

武器を置き、片膝を地面につけて首を垂れながら尋ねた事柄は、曹操殿に僅かに笑われてしまった。
自分でも堅いのはわかっている。だが、私は重度の曹操クラスタだったのだ。そんな私が自分を固く縛り付けて厳粛に自重していなかったら今この現在でも奇声を上げてしまっているはずなのだ!! だからこういう対応になってしまうんだ!! 堅くて本当に申し訳ございません曹操殿!!! 正直同じ世界にいて、同じ時代を生きて、更にしかも従軍させてもらっていて、同じ空気を吸っているとか思うと我慢できないし我慢させるにはこうなるしかなかった。一ミリでも羽目を外したら死ぬ。社会的に。

「申し訳ございません」
「責めているわけではない。そうだな、お主に会いにきた理由か」

僅かに笑みを乗せて気にするなと仰る曹操殿の心の広さ……!
正直もう酒を飲みまくって踊りだしたいぐらいの歓喜だが、しかしそれよりも曹操殿の用事の方が先決。さぁ、なんなりとお申し付けください。なんでも致します。私のすべてをかけて。
曹操殿はあごひげを触り、少し悩むようなそぶりを見せて、それから言った。

「お主に会いたくなった、それだけだ。だから良い」
「――――はっ」

曹操殿のお言葉を聞いて、黙って三尖刀を手に取る。それから曹操殿に背を向けて、そのまま武器を振りかぶる。思い切り素振りをする。何度も行う。風切り音が何度も響く。

「(うわああああああああああもうやばいほんとジゴロほんとああああああああああああああかっこいいいいいいいいいいいいいいい私に会いにとか本当嘘でも嬉しいでも嘘つかないって知ってるうううううううう曹操どのおおおおおおおおおおおおこれ以上私を貴方に惚れさせてどうされるのですかああああああああああ!!!!!!)」

真っ赤になった顔を運動のせいにするために必死で振りかぶる。もう明日全身筋肉痛でいいからこのときめきをどうにかしてくれ!!!!!





「真面目なやつだ。しかし、褒美をやりたいがどうすれば喜ぶものか」

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bkm