- ナノ -

美丈夫の誘いB
レレウィーゼ古仙洞でクロームに合う前

レレウィーゼ古仙洞で出会った白髪の美丈夫は、私を助けてくれたらしい人物だった。
あの時の衝撃のまま低い声に感嘆しつつ(そしてどこかで絶対聞いたことがある。特にアニメで)どうやらローウェル君たち一行と考えが違うゆえに繰り広げられる微妙な対立を見守る。
ローウェル君たちは始祖の隷長に精霊になってもらうことで星喰みを食い止めようとしているらしい。が、どうやらこの美丈夫ころデュークさんは違うようだった。しかしそれ以外に何か方法があるのだろうか。あるんだったらせっかくこうして若者たちが頑張ってるんだから意地をはってないで協力してあげてもいいんじゃないかなぁ。私だってもう意味わからないけど流されるままにこうして旅を一緒にしてるんだし。
と一人で事の成り行きが全く分からないので、ぼうっと立っていれば、デュークさんの目がこちらへ向いた。
えっ、な、なんでしょうか。あ、あれかな。助けてやったからお金要求されたりとか? いやでも私、というかアレクセイが助けを呼んだわけじゃなさそうだし――

「アレクセイ」
「……(えっと)なんでしょうか」
「私と来い」

ん〜〜〜〜〜???? この人は何を言っていらっしゃるんでしょうか〜〜〜???
ほら〜〜〜ローウェル君たちの表情がめちゃくちゃ怖いことになってるじゃん〜〜〜〜〜。レイヴンさんに至ってはレイヴンさんらしからぬシリアス顔になっちゃってるよ〜〜〜〜。といってもアレクセイ関連になると結構いつものお茶目おじさん顔は消えちゃうんだけど。それにしてもシリアス顔になっちゃってるからね。あとローウェル君はその人を殺しそうな顔やめてお願いめちゃくちゃ怖いのある意味トラウマだから。
とりあえず口を噤んでいたが、撤回してくれる気配もなくじっと見つめている。
どうしようこれ。私これ答えちゃっていいのか? いやでも私の(命の)所有権私にないしなぁ。
そうして私が一人頭を抱えていれば、やはりというか、ローウェル君が口を出した。

「何言ってんだ。こいつは凛々の明星の捕虜だ。勝手に持ってかれちゃ困るぜ」

お、おお〜〜〜さすが、ローウェル君。雄々しい。そして怖い。
しかしデュークさんも命知らずなのか空気が読めないのかそれとも本気なのか、真顔で返答をする。

「こいつを勝手に捕虜扱いにしているだけだろう。決めるのはアレクセイ、お前だ」
「ちょ、ちょちょ。待ってよ。なぁに勝手なこと言ってくれちゃってるの? そもそも、デュークがアレクセイを連れて行こうとする意味って何?」

そこにレイヴンさんも噛みついてきた。しかし今度はデュークさんは黙って答えない。
私(アレクセイ)の話題が出る前の星喰みについての話についても思ったけど、デュークさんは答えたくないことは全部口を噤む気がする。ということは、答えたくないということなのか。
それに、何を思ったのかレイヴンさんが――表情を全て落としたかのような表情で口を開いた。

「まさか――殺す気か」

――こ、怖い……!!??
は、やば、えっ、嘘、こわ!!?? えっ、怖い!!! え、レイヴンさんどうしちゃったのめちゃくちゃ怖いんですけど!!?? えっ待って待って待って誰!!?? まさか私みたいに赤の他人が乗り移りましたかレベルで別人なんだけど豹変レベルなんですけどなんで私こんな恐怖体験をしているんだ!?
しかし、これについてはデュークさんが口を開いた。しかし驚いた様子もおびえた様子も一切ない。肝が据わってる。私はもうだめだレイヴンさんが怖くなった。

「それをアレクセイが望むのならば」
「……え」

デュークさんの言葉に思わず声が出たのは私だった。緊張の糸が張り巡らされた空間で、口を出すつもりはなかった。
私の話題であるが、できるだけ関わりたくなかった。皆恐ろしかったし、ある意味で他人事だったからだ。
けれども、デュークさんはアレクセイ(私)が望むのならば殺すという。思わず唖然とした。だって、この人がアレクセイという人物を助けたはずなのに。

「そんな、そんなこと、アレクセイは望みません!」
「先ほども言っただろう。決めるのは、お前たちではない」

エステルさんが険しい面持ちでそう言い切るが、その姫様の必死の主張さえも切り捨てる。
なんだろう、なんだ、おかしくないか。『彼はおかしくないか?』
だって、なぜ――彼は、どこか自信があるんだ? まるでアレクセイが――。
デュークの瞳が私を映した。そこには、自信なく狼狽した、一人の男が映っていた。けれど、その顔はどこか。

「さぁ、答えろ。アレクセイ・ディノイア」
「……私は」

答えろと言われても。どう答えていいのかなんて――分からない。
分かるわけないではないか。
普通は殺されたくなんかない。けれど、私には――分からない気がするのだ。
アレクセイ・ディノイアという人物が、どう思っていたかなんて。
鼓動が――鼓動のような『もの』が大きくなる。嫌な汗が流れた。私は、アレクセイではない。だから、この身体の主がどう思っていたかなんてわからない。けれど、けれど――漠然と、嫌ではないと思うのだ。
デュークという名の男の元へ行き――その後の結末を迎える未来が。自然と――嫌では、ない。

「アレクセイ!」

ジュディスさんの声が耳を劈いた。
なぜか、足が一歩前に出ていた――デュークさんの方へ。
そして――自分の立場を思い出して、自分の考えを全力で恥じた。
無意識のうちに前に出ていたらしい足をもとに戻し、しっかりとデュークさんを見据える。そうだ。何を迷う必要があるのだ。“私のことは、私が決めることではない”そんなの、私が一番わかっていることだというのに。

「デュークさんは知っていると思いますが、私には記憶がありません。ですから、私の望みは、ありません。私の所在を決めるのは凛々の明星であり……このまま予定通りに行くならば、私は貴方の手によってではなく、裁かれるでしょう」
「アレクセイ、お前はそれでいいのか」
「いいも悪いもないではありませんか。それが正しい、私の望みはないし、あってはならない」
「っ……お前は、私と同じはずだ。人に裏切られ、人に絶望した。お前が一番わかっていることだろう。記憶を失ったとしても」

なぜそこまで追いすがるのだろう。
どこか、そうであってほしいと願うような色さえ覚えるそれに、私はただただ私の答えを返すしかない。
私が一番わかっている。記憶を失ったとしても。それは、つまりどういうことなのだろうか。もしかして、普通の人にはないらしいこの胸の機械が関わっているのだろうか。いや――それのどれでもどうでもいい。

「私と来い、アレクセイ」

その声に、何故か嬉しいと感じた。
だから、思わず上がってしまった口角のままで答えた。

「行けません。私は行けません。行きません、私の、今の意思で行きません。貴方が私(アレクセイ)を想って言ってくれているのは、なんとなく分かります。それでも、行けないのです。何故ならば、彼らと共にいるのがアレクセイ(罪人)として一番正しいと、私は思いますので」
「……それが、お前の答えなのか」
「はい。ただ……記憶がない私がいうべきことか分かりませんが――ありがとうございます」

礼を告げた瞬間に、その目が見開かれる。
そんなに驚くことだっただろうか。私は、彼と違い、人に裏切られも、人に絶望していない。たぶんアレクセイもそうなのではなかろうか。なんとなく、身体が反応したりするのだ、キーワードには。そういうのがないのだから、つまりしていないのだろう。
けれど、彼に来いと言われて、なんだか嬉しくなってしまった。それはきっと、アレクセイ・ディノイアという人物が彼にそういってもらったら嬉しいからなのだと思う。それが身体を伝わって私にも伝わってきた。たぶん、きっとそうだ。
だからこそ、もう会うことがないかもしれないからこそ、伝えたのだが。デュークさんは目を瞠った後に、静かに目を閉じた。そして小さく首を横に振って、僅かに目を開いた。

「……あの時に」
「?」
「お前が死んだ日に、私が気付き、先ほどの言葉をかけられていれば……お前はそんな顔で、裁かれることを良しと語るようにならなかったのか」

彼の言っている意味が理解できない。
それはそうだ。彼は私が、私たちが理解できるように語っていない。恐らく、自問自答しているのだろう。私に記憶がないことを彼は知っている。その解は永遠に紡がれない。
けれど。
けれど、私は、答えようと思う。彼があまりにも悲しそうな顔をしているから。彼があまりにも悔いる顔をしているから。そうは見えない。ただの無表情に見える。しかしなぜか私にはそう見えてしまったから。

「いいえ」
「……」
「きっと、何も変わらなかった――と、私は思います。だから、私のことは忘れてください」
「……アレクセイ」
「人は、そう簡単に変わらない生き物ですよ。それに、今は私も貴方のことを忘れています。貴方の語る、アレクセイという人物は、もうここにはいない……思い出せばその限りではないかもしれませんが。けれど、ここにはいません」
「もう、死んだというか」

変な人だ。先ほどは『お前が死んだ日』などと言っていたのに。
けれど、私は分からないから、曖昧に笑って誤魔化して答える。

「さぁ、どうでしょうか。ただ、体はいまだここにあります。だから私は彼らと共に行きます」
「その先が、お前を鑑みぬ冒涜の死であってもか」

直接的な表現に驚いた。
つまりこれは――処刑されると遠回しに言っているのだろうか。
いや、まぁ……そうか。話を聞くにアレクセイはかなりの悪行を行い、被害者は世界に及ぶ。今現在も、星喰みで人々の生活が脅かされ、ローウェル君たちが探る解決法で世界が救われなければ、アレクセイの行いが世界を終わらせる。
それは勿論、処刑するにあたるのだろう。
そうか――私は、もしかしたら、元の身体に戻れなければ、この身体で死ぬかもしれないのか。それは――少し理不尽な気もするけど。本当に、どうしてだろう。おかしいと自分でも思うほどに、心が凪いでいる。むしろその結果が正しいという様に、寧ろ急くような気持ちになっている。
だから、私の口は自然に動いた。

「ええ。それが正しいのですから」

正しい。そう、正しいのだ。
その前には、理屈や不条理や苦痛や悲哀など。全てが無に等しい。
全てが虚しい。
デュークさんは、しばらく私を見つめた後に背を向けた。

「……望むのなら、すぐに呼べ。アリューシャ」

そう呟くように言って、そのまま去ってしまった。
しかし――アリューシャって、もしかして、私(アレクセイ)のことか? これはまた……なんだか懐かしいような気がするあだ名だった。
昔にアレクセイが呼ばれていたことがあるのかもしれない。――けれど、それはそれこれはこれだ。だって、きっともう彼と会うことはないだろう。私から呼ぶことは、ない。

そして振り返ると、凛々の明星のメンバーが険しい、というか、複雑というか、つまりそろいもそろってシリアス顔でいたので、思わず変な声が出てしまった。


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