- ナノ -

守るB
幽霊船アーセルム号。それがパティの手によって現れ、パティを一人行かせるわけにはいかないと一団がパティを追う。
そしてなぜかそこにいる私。いや、ほんとはね……! 行きたくなかったんだけど……! 行きたくなかったんだけど、しょうがないじゃん……! だって、話によればこれ、あれやん……! アレクセイのせいでこうなったっていうか、その、企みで一ギルドが崩壊し、乗客も全て死んだっていうやん……! もうどれだけアレクセイ極悪人なんだよっていう……! もう私旅に連れて行かなくていいんで牢屋で過ごさせてくださいっていう気持ちになったけどさぁ! でも、女の子が一人苦しんでるじゃん……! しかもそれが私ではないとしても私が憑依している体の主の仕業っていうやん……! レイヴンさんにはこなくても大丈夫、って言われたけど、行かなくちゃじゃん……! せめてもの罪滅ぼしさせてってなるやん……!
ということで一緒に行ってしまいました。
そしてパティちゃんがアイフリードであるという衝撃の事実(なぜかあんまり驚かなかった。パティちゃん大人びてるからか?)と、幽霊船の怪物がアイフリードの参謀のサイファーの変り果てた姿であるということも判明した。もう色々ありすぎて頭がこんがらがります。
そして、何故かそこでさらに頭のこんがらがることが、幻となって姿を現した(これどういう仕組みなんだろうね)サイファーの口から発せられた。

「ずっと、疑問じゃったんじゃ。あの航海は知れば知るほど、騎士団長の手によって仕組まれたという情報が出てきた。けど、あまりにもうまくいきすぎてるんじゃ。まるで誰かが、そうであるかのようにわざと情報を巻いたかのように。サイファー、最後に聞かせてもらいたいんじゃ。――あの事件は、本当にアレクセイが仕組んだことじゃったのか?」

えっ、えっ? ぱ、パティちゃんいきなり何を? というかいきなり私の体の名前が出てきてびっくりしたよ?
けど、アイフリードが関わったあの事件の本当の犯人は私ってわかったことだったんじゃないのか? だってアレクセイ本人が言っていたんだよね? なら、そうだろうに。
なんで今更そんな、身も蓋もないことを尋ねるのか。それも、幻に。
しかし記憶がない身で口をはさむこともできずに静観していれば、サイファーさんの幻は一つ頷き、口を開いた。

『あの日の乗客は本当にただの一般人だった。海路も誰に指定されたわけでもない。我らはただ本当に――偶然にあの事件に遭遇した。俺は、そう思う。誰も、悪い奴はいなかった』
「……そうか。ありがとう。サイファー」

誰も、誰も悪い奴はいない。
なんだそれは。
パティちゃんは悲しそうに、しかし満足そうに微笑んでいる。
けれど、なんだ、そんなことでいいはずがないだろう。
誰も悪い奴はいない? それは、アレクセイが何の企みもしていなかったということか?
そんなはずはないだろう。だって、本人がそういっていたんだろう。
もし、もしそれが虚実であったとしれば、なぜそんなことを?
いいや、違う。そうじゃない。
誰も悪くないなんてなってしまったら――彼らは、パティちゃんとサイファーは誰を恨めばいいのだ。
事件の首謀者がいる。恨みつらみをぶつける対象がある。それは、一つの救いではないか。
ザウデでその復讐を果たした。それで、いいじゃないか。
どうして今になって、そんなこと。

己の参謀を、その手で葬り去る姿を見つめる。
小さな背は、事件が起こらなければ大きかったはずなのに、どこまで小さく、悲しかった。


「アレクセイ、ちょっと話があるんじゃ」
「……パティさん」

辛いなら泣いてもいい、というローウェル君の言葉を振り切って目を赤くしながらも涙を零さなかったパティさん。
そんな彼女が宿へ戻ってきて、私の裾を引いた。
話がある。と真剣な目で言われてしまえば、あんな場面を見せられたうえで、断れるはずもない。
嫌な予感を抱きつつも、パティさんに引かれるままついていく。
宿は二人で一つの部屋を借りているのに、扉を開けると誰もいなかった。
パティさんはそのままベッドに座って私を見る。

「二人きりにさせてほしいと、うちが言ったのじゃ」
「そう、なんですか」
「……アレクセイは、まだ記憶を思い出さないのかの」
「え、あ、はい……。すみません、まだ」
「別に、詰っているわけじゃないのじゃ。ただ、フェローも言っておったのと同じじゃ。真実を、問えないのかと思っただけじゃ」

真実。
真実とは、いったい何のことなのだろう。
世間一般で広く知られている事実? それとも、情報をかき集めて導き出した答え?
二つのうちなら、後者だろう。そして明かされたアイフリードが悪ではなく、アレクセイが全ての諸悪の根源であったという真実。
なぜ、それを真実だと受け入れないのか。
僅かに見つかったそうではないかもしれない要素だけを、どうしてそう、可能性として置いておくのか。
パティさんは赤い目で私を見つめる。その目をどうしてか、負い目もないのに逸らしたくなった。

「……レイヴンから話を聞いたのじゃ」
「レイヴンさんから?」
「そうじゃ。アレクセイのことを、聞いた。昔はどんな奴だったのか、どうして変わってしまったのか」

そんなことを聞いて、なんになるのだろう。
そう思って、ただ何も言えずにパティさんを見つめた。

「わしは、お前が昔のままだったら……。もしかしたら、と思ったのじゃ」
「もしかしたら……?」
「もしかしたら、偶然を自らの所業として、わしのように生き残った者に、憎悪という生きる意味を持たせようとするのではないかと」
「いきる、いみ……」

憎悪。
それは、生きる意味と成り得るだろう。
そうして生きているものたちは、大勢いる。魔物に家族を殺され、復讐するために生きている者も、私は見た。
けれど、その理屈は、あまりにもおかしいではないか。
アレクセイが、憎悪によって生きる意味を持たせるために自ら罪を被った? そんなわけ、そんなバカげたこと、できるわけないじゃないか。
私だったら、絶対に無理だ。だから、答えはノーだ。ノーだけれど、私はアレクセイではなかった。
口をまごつかせていれば、パティさんは儚く笑った。無理をして笑っている姿が、痛々しかった。

「なんでじゃろうなぁ。なんでか、そう思えてしまってのぅ」
「パティさん……」
「けど、うちは酷い奴じゃ。そう思いたい、そうであったほうが、うちはお前さんを恨まなくていい。けど、同時にそうでなければいいとも思うのじゃ。じゃないと、皆を守れなかった不甲斐なさに、耐えられなくなりそうなのじゃ……」

ぽろぽろ、と零れだした涙に思わず手が伸びた。
けれど、伸ばして、私が触れていいのかと指先を折り曲げた。
だって、私は、彼女の仇で――けれど、パティさんは、そうでないとも思っていて。けれど、けれど。
躊躇して、動揺して。どうしていいか分からずに、けれど、彼女が泣いているのを放っても、おけなかった。
ベッドのシーツを握りしめて、必死で涙を止めようとしているのが分かる彼女の、隣に座った。
そして、どうしていいか分からずに、ただそっとその涙にぬれる頬へ振れた。

「あれ、くせい」
「……私です」
「え……」
「私が、やったんです。きっと」
「でも……!」
「それで、いいんです。全て、アレクセイ・ディノイアのせい」
「そんな……」
「だって、そうでしょう。だから、貴方は不甲斐なくなんてない。とても強い、女性です」
「ッ、なんで、なんで……!」

パティさんの濡れた瞳が、憎しみと悲しみで歪む。
そのまま私の胸へと体当たりするように飛び込んで、小さく、しかし痛みに耐えるように叫ぶ。

「なんでッ、そんな、そんなこと、言うんのじゃ……! なんで、おぬしが……!」

その後は、何を言っているか分からなかった。途中からは、もうただの泣き声になっていた。
胸の中にいる、ただの子供のような彼女に、何と言っていいか分からず、ただ抱きしめた。
だって、私は――私は、アレクセイでは、ないから。


それから怒涛のように時間は過ぎた。パティちゃんとも、なんだかんだで表面上はどうにかやっている。
けれど、時折何か思ったような目で見られる。それに、なんとなく肩身の狭い思いをしていた。
けれど、どうにか怒涛の中で僅かな休みの時間が得られたときに、彼女から声をかけてきてくれた。

「アレクセイ、ちょっとよいかの」
「パティさん。ええ、なんでしょう」
「むー、そのパティさんというのはやめるのじゃ。パティでいいのじゃ」
「いや……一応、捕虜の身なので」
「硬いやつじゃのう」

いや、パティさんが自由すぎるのでは。
という言葉は飲み込んで、話があるというパティさんについていく。
パティさんは椅子に座り、自分の隣をたたく。それに従い、隣に座る。

「おぬしには迷惑をかけたのぅ」
「いや、迷惑なんて、とんでもない」
「嘘じゃの。うちが見ると、困った顔をしておったのじゃ」
「それは……」

パティさんは意外と鋭いので、こういう嘘はばれる。
しかし肯定するわけにもいかず、口ごもれば仕方なさそうな顔をされた。

「おぬしは本当にお人よしじゃのう」
「……お人よし、ですか?」
「そうじゃ。相手のためなら自分に非が被ってもいい。ある意味、危うい優しさじゃ」
「……優しくなんて、ないですよ」

パティさんの言葉を否定する。そうだ、優しいわけがない。
だって――優しかったら大罪人などに、なっていないだろうから。
しかしパティさんは首を振る。そして、私をその綺麗な瞳でじっと見つめた。

「おぬしは優しい。うちの想いを、自分に全ての非が降りかかる形で受け止めてくれたのじゃ」
「それは、それが、真実だからですよ」
「真実とは誰かの目から見るかによって変わるのじゃ。うちは、アレクセイのいう真実を、真実だとは思っておらん」

それに、唖然とした。
私のいう真実を、真実だと思っていない。
だって、それは。
それは、恨みを、辛みを、アレクセイという的から外すことを示しているのではないか。
そんな――辛いことを。どうして。
パティさんはじっとこちらを見る。真っ直ぐな目だ。真っ直ぐすぎて、私には苦しい。

「おぬしは、ただの罪人ではない」
「……何を」
「うちの勘がそう言っとる」
「それは、ローウェル君たちを、裏切ることに」
「ならん。ユーリたちにも説得したいが、まだ材料が足りないのじゃ。だから、今はうちがアレクセイを守ってやるのじゃ」
「……まも、る?」
「そうなのじゃ。……アレクセイ、世の中には、裁かれるべき人と、そうではない人がいると思うのじゃ。アレクセイは、確かに裁かれる罪を犯したかもしれないのじゃ。けど、それはもっと、何か大きなことのためだったのではないかと、わしは思うのじゃ」
「だ、としても」
「そうじゃ。だとしても、アレクセイのしたことは許されることではないのじゃ。でも、うちはそれでもおぬしを守りたいと思ったのじゃ。あの時、うちが一人で泣いているときに手を伸ばしてくれたおぬしは、守るに値する、いや、守ってやらねばならない奴だと思ったのじゃ」

言っていることがめちゃくちゃだ。そんな理論、通るわけがない。
私(アレクセイ)は大罪人で、裁かれなければならない。
なのに、守る? そんなの、本末転倒だ。意味がない。
けれど、パティさんは真っ直ぐな瞳で私を見る。その瞳が、怖い。

「――ダメ、です」
「どうしてなのじゃ? おぬしも、死にたくはないじゃろう」
「……それでも、駄目です。罪は、償わなければならないものです」

そうだ。そのはずだ。
例えそれが、憑依した私の精神で行われるとしても。
それはきっと、仕方のないことで、同時に正しいことだから。
私がそう答えると、パティさんはその目を細くする。そして、悲しそうに言った。

「そんなのだから、うちはおぬしを信じなければならなくなったのじゃ。そんなのだから、うちはおぬしを、アレクセイを守りたいと思ってしまったのじゃ」

そっと、手に触れられて無意識に震えた。
それを、パティさんが笑う。
その手を、振りほどかなければならなかった。長く生きているとはいえ、今は子供。危険な目には合わせならないし、そもそも罪人を守るなどという世迷言を許容してはならなかった。
私のせい。私のせい。なら、どうすればよかったんだ。私はアレクセイじゃない。適切な解をもたない。精一杯の言葉は、誤った方向へ進ませる。

「パティさん、お願いです。やめてください。私は……私は、貴方が皆と対立するところを見たくない」

そんなこと、ありえていいわけがない。もしもパティさんが、本気で言っているのなら。
全てが終わって裁かれるべき日が決まった日に、パティさんは私の味方をしてしまう。それは、絶対に避けなければならないものだった。
ありえない。ありえないけれど。彼女は固い意思を持っている。もしかしたらが、ありえてしまうかもしれなかった。
そんなこと、許せるわけがない。
嫌だ。
私のせいで、誰かが―――死ぬ、なん、て。

「……そんな顔をしないでほしいのじゃ」

そんな顔とは、どんな顔なのだろう。私は今、どんな顔をしているのだろ。
分からない。ただ、苦しいのだけはわかった。
機械の心臓が、軋んで軋んで、壊れてしまいそうだった。

「なら、撤回してください。お願いです。パティさん」
「……本当に、おぬしは。……分かったのじゃ。対立はしない。うちも、皆に銃口は向けられんのじゃ」
「そう、ですか」
「だけど、代わりに一つ、お願いがあるのじゃ」
「お願い……?」

パティさんは悪戯っぽく微笑む。けれどその顔はどこか悲し気だった。
パティさんが提案したそれに、私は暫し悩み、躊躇したが――あり得てはならない未来がこないためならばと首を縦に動かした。


「アレクセイ! あっちに可愛い魔物がいるのじゃ!」
「パティ。ダメですよ、勝手に行動しては……。危険ですよ」
「ならアレクセイがついてくればいいのじゃ!」
「そういう問題じゃないですよ……」

その後、パティに対して敬称をつけなくなったアレクセイを見て、動揺するメンバーがいたのであった。

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bkm