- ナノ -

死人B
「デュークは貴方を信じていた。だからこそ、貴方が死んだこともまた、あの人が人間に失望する一端となりました」
「死んだ……? なに言ってんだ。こいつは生きてるだろう」
「いいえ。確かにデュークは言っていました。『私の聡明であり心優しき友人が二人死んだ』と」

レレウィーゼ古仙洞を下り、奥へと進んだ先にあった神聖な泉にいた、見覚えのない女性。
そう、見覚えはないはずだ。しかし、皆の話を聞いているとどうやらアレクセイとは接点があったようだった。
しかし死んだとかそうじゃないとかとても物騒なことを言っているような気がするのは気のせいだろうか。
だが、別に反論する気にもならなかった。本当の自分のことでもなく、この身体の主のことであるし、あの女性は理性的で、本当のことを言っているようにも感じられるので、もしかしたらこの身体の主は一度死んでいるのかもしれない。
だってなんか心臓部分に変なのついてるし。これ、この世界がファンタジーだったからあんまり気にしてなかったけど、実はこう、人工心臓的なあれなのかもしれないし。というかたぶんそうだよね。いやまぁシリアスな雰囲気なんで口は挟みませんけど。

私としてはどっちでもいいので、私の話題は避けてほしかったのだが周囲はそうでもないようだった。
特にローウェル君とレイヴンさんが突っかかった。

「大将が死んでる? そんなわけないでしょ。それだったら……俺はここにはいない」
「ええ。デュークもそう思いました。アレクセイという男が死んだのは、自分の想い違いだったのだと。けれど、違った」

心臓のない胸が脈打つのを感じる。強く、まるで軋む様だ。
それに、この身体の主の焦燥をなんとなく感じた。これ以上、語らせてはならないという焦燥感。
なぜなのかは分からない。けれど、それ以上話を聞きたいと思えなかった。いいや――黙らせなければ。と何かが身体を突き動かすようだった。

「わ、たしは、死んでなどいません」
「アレクセイ」
「そうです。今こうして、生きているではないですか」

拙い言葉があふれ出し、クロームというらしい彼女の言葉を否定する。
だって、私(アレクセイ)はこうして生きている。それが全てだ。例え、心臓の代わりに、開いた穴を塞ぐような機械が存在していたとしても。
私はこうして――生きる意味も分からずに、ただ周囲に従って生きている。そう、まるで――死人のように。

「……私一個人の意見を言いましょう」
「は?」
「クロームとして、貴方の秘書官として側にいて、貴方を見ていました。それは監視の意味でしたが、それでも貴方を見ていたことに変わりはありません」
「……そうね。そういう意味なら、俺よりちゃんと見ていたかもね」

レイヴンさんがよくわからない肯定をする。ギルドにいたというレイヴンさんが、騎士団長だったらしいアレクセイのことをよく知らないのは当たり前だろう。ああ、いや、部下だと言っていたか。ここらへん、どういう関係性なのかよくわからない。聞く気も起きないが。
けれど、見ていたって、何をだろう。今や大罪人となったアレクセイという人物を近くで見ていた。それが、いったいどうしたのか。
黙って耳を傾ける一行にももやもやしたが、女性はそのまま続ける。

「貴方は、時折、何もかもを諦めたような顔をしていたような気がします――まるで、死人のように」
「ッ」

し、にん。
死人。
死んでいる、人。
頭が混乱する。だって、今さっき自分に想ったようなことと同じようなことを言われたから。
アレクセイが、死人? そんなわけない。だって彼は、話を聞けば世界を正すために突き進む悪漢というじゃないか。そんな人物が、何もかもを諦めた顔なんか、しているわけがない。
だって、何もかもを諦めていたら、世界を正そうとさえしなかっただろう。
しかし、彼女は顔を横に振る。

「けれど、気のせいだったのかもしれません。デュークの話を聞いていたから、そう思ったのやもしれません」
「……」
「ただ、貴方は誤った。デュークも貴方も、それぞれを必要としなかった。それだけが事実です」

何も言葉が出なかった。話は進む。デュークを止めるために、同族に仇なす姿を見たくないがために皆を試すという。
人の姿から始祖の隷長となったクロームとの戦いが始まる。
けれど、私の頭の中には彼女の言った言葉がずっと繰り返されていた。

死人、死人、そんなわけがない。そんなわけがないだろう。
だって、私は生きている――生きてしまって、いる。
死人のようだとしても――けして、死人になれやしないのだから。

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