- ナノ -

↑の続き(ゴーストトリック・小リンネ&猫シセル)
最近、私の主であり恩人であり相棒である彼を訪ねてくるニンゲンがいる。
それはとても可愛らしい外見をしていて、幼く、無邪気に笑うのだが、彼はとても焦り、困り、追い払おうとしていた。

「だから、俺に近づくなっていってるだろ!
 なんで隠れてるのにアンタには気づかれるんだ」
「かくれんぼでしょ? わたし、得意なの!」
「違う!」

怒鳴って追い返そうという魂胆なのだろう。わざわざ大声を出す(いつもはそんなこと滅多にしない)彼だが、目の前の彼女はふふん。と得意げな顔をして一歩も引こうとはしていなかった。

彼女はオレンジに赤を足した情熱的な髪色をしており、それを頭の上で可愛らしく縛っていた。
そうしてやはりお似合いの可愛らしい服を着て、チキンを片手にどこか偉そうに胸をそらしていた。

それに比べて、私の相棒は憔悴し切っていた。
傍からみればそうでもないかもしれないが、ずっと一緒にいる私には分かる。
とても焦っていて、困っていて、そうして苦しそうだった。
彼女を見ているサングラス越しの瞳は苦痛に歪んでいて、少女には気づかれない程度に口元は引き攣っていた。
少女はそれにまったく気づかずに、チキン食べる?とはつらつと笑っている。

「いらん。そんなもの、いらない」
「どうして? すっごくおいしいのに」
「食べるのなんて、いつかは飽きるぞ。アンタもほどほどにしておけ」
「どうしてよ。そんなことない!」

むぅ。と頬を膨らませる少女に、彼の方が一歩たじろぐ。

無邪気に近寄る幼い子供に、彼ははちきれんばかりの罪悪感を覚えていた。
そんなこと、彼の性格やしたことを考えれば私にだって分かることだった。

「じゃあ、食べなくてもいいから。名前教えて」
「……そんなもの聞くな。もう二度と会わないだろうからな」
「それ。前も、その前にも言った」
「そ、そんなことはどうでもいい! 会わないんだ! アンタも、もう俺に会おうとするなよ」
「何よ。アンタアンタって。私はリンネ。その子はシセルっていうんでしょ。ねぇ、貴方の名前はなんて言うの?」

シセル。と呼ばれ、反射的に顔を上げる。
どうやら、少女は彼に私が呼ばれたときに、目ざとくそれを聞きとめたらしい。
それに、相棒がぐっと息を詰めた。
シセル。あまりその名で彼以外のニンゲンに呼ばれたくなかった。
その名で呼ぶ必要があるのは、私の唯一のニンゲンである彼だけでよかったし、それ以外は必要なかったから。

それは彼も同じだったのか、それとも違ったのか。
シセル。と小さく呟いた。
それがスイッチだったかのように、彼は顔を様変わりさせた。
下から見上げる私だけがわかる変化だった。
引き攣った口元はそのままだったが、目が鋭く、そして獣が獲物に最後の一撃を食らわせるような瞳になっていた。

「俺の名前は、ヨミエル」
「へぇ、ヨミエル、ヨミエル。うん、覚えた!」

花が咲くように笑った彼女に、ヨミエルは吐き出すようにいった。

「そうして、とある公園で女の子を人質に刑事に銃を向けた、アンタの憎い相手だ。分かったら、もう俺に近づこうと思うな」
「……」

少女が言葉を失う。
そうして、数秒が過ぎた。
彼は何も言わず、少女は何もしない、ピクリともしなかった。
彼は、シセル。と呟いた。
それが合図だった。私たちは彼女から背を向けて歩き出そうとして――

「やっぱり!」

彼がカミナリに震え上がる子供のように肩を震わせた。
そうして、逸らした視線をどうにか少女へ向き直らせた途端、追い討ちをかけるように彼女は言った。

「だって、顔は覚えてなかったけど同じ色の服着てるんだもん。そうだと思った!」

彼の動揺は、もう一目瞭然だった。
口元を戦慄かせて、逃げようにも逃げられずにいるようだった。
私はにゃぉんと鳴いた。早く逃げよう。彼女から離れたほうがいい。
だが、彼は私の声も聞こえないように、少女へ釘付けだった。

少女は手に持ったチキンを押し込むように口を含んで飲み込むと、ニッと笑った。

「私、刑事目指してるんだ。でも、ヨミエルのことは逮捕しないよ」

するっと少女の華奢で白い手が彼の手を絡め盗る。
それが、彼が以前に教えてくれた、『手錠』というものに思えて、無意識に威嚇していた。
だってそれをつけられてしまえば、彼は捕まってしまう。
私は彼といられなくなってしまう。

「アンタは、俺が憎くないのか? 最低だと罵らないのか?」
「にくいっていうのが、どういうのかよくわからないよ。でも、ちょっと怖いかな。
 だけどね。最低だとは思わないよ」

彼女は彼を労わるように微笑んだ。

「だって、最低な人がこんなに悲しくて、辛そうな顔しないもの」

彼は、信じられないものでも見るような目で彼女を見ていた。

一際大きな声で鳴いた。
突き抜けるような私の声は、彼を正気に戻し、そうして彼女の気を逸らせた。
その隙に、私は繋がれている二人の腕の辺りに飛びついて、驚いた少女はその手を離した。
にゃぉん、と鳴いて二人がいる場所から駆け出した。少し間をおいて、まだ動かない相棒に不機嫌に鳴いて来いと言う。
彼は戸惑ったが、少女に一目くれるとそのまま私についてきた。
少女は私を見ていたが、無視した。


「シセル、何不機嫌になってるんだよ……」

私は彼の背中に乗って、ぐるる。と不機嫌に唸っていた。
見せ付けるようにしているので、当然彼も察して、機嫌をとろうとしているが、無駄だ。

私は知っている。彼女が最初は彼を怖がっていたことを、しかし彼を見つけるごとに憂う顔にそれを払拭させていったことを、そうして悪いニンゲンという認識を変えていったことを、そうして彼を救いたいとまで思ったことを。
動物というのは敏感だ。彼が気がつかなくとも、遠くからの目線やその瞳の意志が良く分かる。

少女はそうして彼に接触するようになっていった。
彼は当然困惑し、焦った。そうして彼女を遠ざけようとした。
私はそれに安心していた。だが、彼はだんだんと少女の術中にはまっていってしまったのだ。

他のニンゲンが彼を攻撃対象からはずすのは好ましいことだ。だが、そのニンゲンが彼の心をつかまえようとするのは我慢ならない。
なぜならそれは私のものだし、私の心は彼のものだからだ。
はっきりいって、他のニンゲンなどに付け入られたくない。

だが、その意志もそろそろ限界が近づいてきていたらしかった。
彼女は、彼をつかまえてしまった。心はまだだろうが、その手首に手錠をしてしまったのだ。
きっと彼は逆らえない。己の罪の塊である彼女の手を、容赦ない心を暴く笑みを。

それが悔しくて、がぶりと彼の耳に噛み付いた。




結局何が書きたかったのか分からなくなったwww
主はリンネに対して土下座したいレベルで罪悪感があるが、シセルのことで素直にそれができない、したくないと思っています。
なので、できるだけ距離を置こうとしますが、逆に「この人は本当は悪い人ではなくて、可哀想な人なのではないか」という結論に達したリンネに追い詰められ、結局心を開く嵌めになり、それを感知したシセルは嫉妬でムカムカしております。

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bkm