- ナノ -

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勝己君に『無個性』でもヒーローになれるかという質問をしてから、勝己君との距離は段々と離れていった。
『無個性』についての質問をした後、勝己君は黙って何も言えなくなってしまった。私は辛抱強く数十分彼の『現実を見た』答えを待ち続けて、結局お昼寝の時間になってしまった。
勝己君の答えは聞けずに、そして次の日になって、勝己君はいつものように本を読んでいる私の横に来て一緒に本を読み、そして子供たちの遊びに誘った。
けれど、私はいつもと変わらずそれに対応しながら、勝己君の目を見つめた。『無個性』についての答えを欲したのだ。きっと、私がなかったことにすればなかったことになった質問だろう。けれど、そうはさせなかった。いずれは知ることになるのだ。生まれながらに人は平等ではない。持つものと持たざる者がいる。
耳が聞こえない、足が悪い、目が見えない。そういうのと同じだ。受け入れざるを得ない現実がそこにはある。ずっと『お友達』だった幼馴染が、一緒にヒーローをやろうと言っていた子が、実は『持たざる者』だった。
認めなければならない。辛いかもしれないけどね、勝己君。

目を見つめると、勝己君は目を逸らした。びっくりして、目を丸くした後にわかりやすく首を半回転させるのだ。
そして私の視線がなくなったと分かった時に、ようやく視線を元に戻す。流石に続けてずっと見つめるのはかわいそうだから、私は少し時間を置いてまた勝己君を見つめる。
分かった答えから目を反らし続けるなんて、君らしくない。

「勝己君」
「……んだよ」
「お医者さんにみてもらったらね。私の足の小指に関節が二つあるんだって」
「それがどーしたんだよ」
「それがあると、個性が宿らないんだって」

私に個性は宿ってないんだよ。勝己君。


幼稚園では思ったより『無個性』へのあたりは強くなかった。
大変なことになると勝手に思っていたから、一安心だった。でも、原作の出久もいじめられて捻くれて、というのはなかったからうまい具合に教育が行き届いているのかもしれない。しかし中学でのあの仕打ちを考えると、そうでもないのかどうなのか。そういえば、本人友達が一人もいなかったとか、女の子と話したことないとか言ってたじゃんか。これは年を追うごとに面倒になるパターンな気がする。今から気が重い。

『無個性』についての質問を投げかけて以来、段々と勝己君との接触は減り、今では私が本を読んでいても話しかけてこなくなった。とても有難い。答えを得ることはできなかったが、別に答えがほしかったわけではない。勝己君との距離を開けたかっただけで、こうなったことは思惑通りということだ。
しかし子供たちに囲まれない日々というのは、静かで穏やかで、少し寂しい。やはり将来は保育士になろう。子供たちとの関りは煩くて腹立たしかったが、楽しかった。しかしなるなら個性が発現する前の子供たちを相手にお世話をしたいな。個性が出てきてしまったら対処が難しい。無個性なら尚更だろう。

四歳になった私たち幼稚園児は、公園に来ていた。簡単に言うとお外に遊びに行こうという事で一か月に何回か行われている行事ともいえない行事である。
勿論子供たちと一緒に休みの日に行くなんてことは私は絶対にしない。だったら家でインコさんと一緒にテレビを見ている。友達がいないのではとインコさんに心配されているが、その通りだけどごめん、同年代の友達は中学まではできないと思っていてほしい。小学生も無理です。

「危ないから公園の外には出ないようにねー!」
「「「はーい!」」」

幼稚園から拝借してきた本を持ってさっさと脇のベンチに座った私とは違い、先生のいう事をきちんと来ている子供たち。偉い。最初のうちは同じようにしていたが、だんだんと元気に振舞うのが辛くなってきて、公園なら端に逃げられると分かってからそうすることにしたのだ。ちゃんと先生に名前を呼ばれたら反応すれば安心してくれるし、迷惑はかけませんとも。

しかしこの公園、私が親だったら子供を遊びに来させないであろう公園だったりする。
あの公園と似ているのだ。あの、私が子供を助けてトラックにひかれた公園に。道路に面していて、車通りが少なくない。トラックも通っているのを時折見る。出入り口も、左右が見やすくなっているわけでもない。
周囲にビル街はなく、通勤やお昼休憩をしている人をみることはないけれど、正直いい気分はしない。先生がしっかりと見張っていてくれているからいいが、胸がざわついて仕方がない。こういう時、早く幼稚園児など卒業したいと思う。

「ヴィランのはかいこーせんだ!」
「逃げろ逃げろー!」
「何言ってんだ、俺が退治してやるっ!」

わーわーと遊びまわる子供たち(主に男の子たち)を眺める。
最近の子供たちの流行りはヒーローごっこだ。テレビを見る機会も増えたのだろう。子供たちは積極的にヒーローになりたがる。ヒーローごっこが流行っている理由は勝己君だろう。彼がヒーローになると大きな声で公言し始めたところからヒーローごっこは一気に広がりを見せた。やはり餓鬼大将の力は強い。
私といえば、少し前までは勝己君に引っ張られて無理やりヒーロー側で参加することが多々あったが『無個性』についての質問を投げかけた後からか、それとも『無個性』とわかった頃からか、ヴィラン役が多くなっていった。いつの時だったか、勝己君が私が『デク』と呼ばれるのに怒ったように『ヴィラン』ばかりをやっていることに怒ったことがあった。ヒーロー役は人気だが、ヴィラン役は勿論人気がない。そうなると、私のようなどちらでもいいという子にばかりヴィラン役が回ってくる。
怒鳴られて泣きそうな子たちを見ながら、私は勝己君に『そうだね。ヴィランは個性犯罪者だから、私はならないね』と告げて、勝己君の怒りを収めたことがあった。そういえば、あれから勝己君が目すら合わせなくなった気がする。
嫌われたのだろうなと思う。けれど、仕方がない。

「(あのぐらいの子に、理解しろってのも酷だ)」

現実を見てほしい。それでいて、仲良くしてくれたらなんて虫の良すぎる話だ。
思えば、私はかなりほだされていたようだった。
最初はあんなに嫌がっていた幼稚園も、勝己君と話すことも遊ぶことも楽しんでいた。保育士になろうと思ったのだって、勝己君が話しかけてきてくれたからだ。あれがなかったら私はきっと今でも子供が苦手だった。死因にも関わりがあったわけだし。
ぼぅっと子供たち――勝己君もいる――を眺めていれば、ヴィラン役の子供が必殺技として投げつけたボールが遊具に当たって跳ね返り明後日の方向へはねて行ってしまう。
追いかけていった子が躓いて転んで、それを見ていたヒーロー役の勝己君が「俺が取りに行ってやるよ」と言って遊具から降りて走り出した。うん、いい子。
走るのが早い勝己君は転がっていったボールを追いかけて行って――行って。

「待って」

なんでそっちにボールが向かうんだよ。
ころころと転がっていったボールはまるで引き付けられるように公園の出入り口へと転がっていく。勿論それを追いかける勝己君はそちらへ走っていく。
嫌な――嫌な予感しかしなかった。本を置いて、咄嗟に走り出した。

「待って! 勝己君!」

車通りが多いのは知っている。時折トラックが通るのだって知っている。
だから、止まって。ボールは後で取りに行けばいいから、入口でいったん止まって、左右を見てから渡って。
名前を呼べば、驚いたようにこちらを見た勝己君。しかしなぜか逃げるように目を逸らしてボールへ向かって駆け出してしまった。ボールは、ころころと面白いように転がって、公園の入り口から外へ。

「お願い、待って勝己君!!」

声を張り上げて止まるように呼び掛ける。足を全力で動かして、勝己君の背中へ手を伸ばす。幸い公園はそこまで敷地面積があるわけではない。駆け抜ければすぐに両側までついてしまうため、勝己君の背中へ手も伸びる。
けれど、叫んだのと同時に勝己君の走る速度が速くなって動揺する。なんで、どうして逃げるの。

「かつきく――」

いいや、何を動揺しているんだ。ただの杞憂だ。けれど、ボールは止まらないし道路へと転がり落ちていく。
勝己君は逃げるように走っていて、左右を確認せずにボールを追っていく。
エンジンの音が聞こえる、車通りの多い道。車の走る音が耳に入ってきていた。
勝己君が道路に飛びてたのに続き、私も道路へと飛び出していった。首を九十度回転させてみれば、トラックの頭が見えて、息が止まった。

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