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06

初めて鬼ごっこに――強制的に――参加させられた時から、勝己君から毎回お声がかかるようになってしまった。
相手は子供なので、初回のようにあまり本気になりすぎると勝てないことに泣かれるし、拗ねられることが分かった。だからといって加減をしていると勝己君に気づかれて怒られる。
こんな面倒な精神の糸をぢりぢりと焼かれるような遊びなんて参加したくもなかったが、二度目に子供たちに囲まれた上に先生にまでいってらっしゃいと背中を押され断ることが出来なかった。どうやら一度目の鬼ごっこで私は無敵の勝己君に勝利したということで一目置かれているようなのだ。
どうにか子供たちの体力づくりの時間から逃れて一人で読書の時間に浸っていても勝己君がやってきて更に子供たちが参加するようになってしまった。地獄か。
しかし、幼稚園にいる限りこういったことは避けきれなかった事柄なのかもしれない。一人で読書をしている男の子なんて先生に心配されるだけだろうし、いつかはこうなっていたと考えればそれが早まっただけ。
それに、子供たちとの体力作りはあまりにも自然に筋力をつけられるトレーニングとしてはいい。子供たちが泣かないようにとか頭を使いつつ動かなければならないのが辛いところだが。
そう考えるようになった私はきっと子供たちにほだされているのだろう。最初は苦痛だった遊びも今では子供たちの笑った顔を見られるのならいいかななんて思い始めている。本当に将来は保育士にでもなろうか。保育士なら個性がなくともやっていけそうだし。

そしてそんな私の考えを読み取ったように幼稚園でのちょっとしたお遊戯の時間に出た課題は、将来の夢を絵にかいてみよう。というものだった。
しかしここで保育士と正直に書けないのが悲しいところだ。何せ今のところ私はヒーロー志望でインコさんに通っているのだ。じゃないと家で体力づくりできなくなってしまうし。いまだに警察官にあこがれる切欠はないし、ヒーローで押し通すしかない。
絵本でも普通の本でも真っ先に出てくるヒーロー『オールマイト』を真っ白な紙にクレヨンで描いていく。
本来ならば主人公の師匠になるべき人で、本編の五年前の戦いで横腹に大怪我を追いながらもヒーローを続けている人。素晴らしい人だと思う。けれど私は彼のようになりたいとは思わないし、俺の跡を継ぎたいとも思わない。そういうのはもっと別の――原作の主人公のような人が適役だ。私は同じ位置にいるだけで、緑谷出久とは全く違う人間だ。
何せ……子供を庇ったことを、生涯後悔するような人間なのだから。

「―い、おい、いずく!」
「っと、何。かつきくん」
「お前のしょーらいの夢、なんだよ」
「ヒーローだよ。かつきくんも好きでしょ」
「いずくも好きなのか」
「そりゃあ勿論。カッコいいからね」

席をたって隣へやってきたらしい勝己君に返答をする。これは本音だ。
流石にヒーローはカッコいいと思う。一般向けをそれぞれ狙っているせいもあるだろうが、漫画やアニメで見た存在がこうして現実にいるのだから、凄いと思わない方がおかしい。それと同じぐらいヴィランにも驚きだけど。
ヴィランという存在がいるというのが凄い。これも漫画とかアニメの世界だ。ヒーローもそうだが、ヴィランという存在も二次元にはかかせないものであり、現実ではありえない存在だ。
とはいっても、ここは二次元――今の私にとってはそうではないが――であり『個性』と呼ばれる特殊能力をほとんどの人類が持つ世界だ。そうなればヴィランという存在も当たり前のように出てくるようになる。
ヴィランがいるからヒーローがいて、ヒーローがいるからヴィランがいる。後者は嘘だ、けれど二次元に浸っていたオタクとしてはそんな気分にもなる。
この世界は二次元の世界だった。だから現実味がない。世界の仕組みが、在り方が、こんな設定あっていいのかと思ってしまうほどに驚きに満ちていて、戸惑う。
でも、ヒーローになりたいと思うことはない。ヴィランを倒して人を救う。そういう人間、そうでなくてはならない人々。私は、人を救うという部分に置いて、それをしたいと思えないのだから。やはり死に際の記憶や死んだ後の後悔はいつまでたっても忘れられないし、忘れるつもりもでない。あんな思い、二度とごめんだ。
でも、逆を言えばヴィランにだったらなりたいと思うこともある。『個性』を使って欲望のままに振舞う。力を持っていればそれを誇示したいと思うのは当然のことだ。私には最初からその道は閉ざされているが、もし『個性』を持つことになったら、それを使用してちょっとした悪戯とか、小さい悪さとかはしてしまうかもしれない。だって、面白そうだし。
冷静に考えると子供らしいからしないし、そもそも個性がないからできないけれども。

つらつらとヒーローとヴィランについて考えていれば、勝己君がふーんと相槌を打った。

「じゃあ、おれも」
「え?」
「おれもヒーローになる」
「えっ、ええ!? ちょ、ダメだよ」
「はぁ!? なんでだよ!!」

勝己君の怒声にちょっと息を詰まらせる。
そうだ。別にダメなんてことはない。しかし原作を知っている身としてはダメだ。だって、確か勝己君はオールマイトを見てヒーローを目指したはず。その憧れをここで私が奪い取っていいわけもない。
しかし何といおうか。下手に言い訳をして勝己君がヒーローをあきらめてしまっても困る。なぜって? そりゃあ。
……私の分も頑張ってもらわなきゃいけなくなるわけだし。
主人公がいないこの世界がどうなるかはわからない。けれど彼はヒーローになりえる力がある。私がヒーローになる・ならないに関係なく、彼は立派なヒーローとなれるだろう。けれど彼と切磋琢磨していたライバルはいなくなる。時に共闘するはずだった仲間が一人確実にいなくなるのだ。
その負担は、大なり小なりあると思う。だって彼は主人公のライバルで、物語に欠かせない人物だった。私がいなくなっても話は進む世間は変わりを必ず見つける。けれど、その代わりが原作の主人公を超えるとは思えない。もしかしたらとても優秀で原作にあるような犠牲を何一つ生み出さない理想の主人公にすげ変わるかもしれないけれど、あの話はあの主人公だったからこそ生まれたものであって、そうして起きた奇跡だと私は勝手に思っている。
何を言いたいのかといえば、私は主人公ではないし、原作通りの流れには絶対にならないから勝己君には頑張ってほしいし、自分のせいでこれ以上原作を変えたくないということだ。
自分が出久ではないこと自体が異常なのに、これ以上私のせいで変わってもらっては困る。

「……ヒーローって危ないんだよ。幾らでも怪我をする」
「つよくなりゃあ、かんけいない」
「それに、いい『個性』がなければなりたくとなれないんだよ」
「すげー個性を出せばいいんだろ」
「……そうだね。じゃあ四歳になっていい個性が出たら、目指せばいいんじゃないかな」
「んだよそれ」
「それまではテレビとかで脳内トレーニングすればいいって話だよ」

誤魔化すのに失敗して、ちょっと面倒になったので話を逸らすことにした。
とりあえず、私が切欠でなくなればいいのだ。テレビでも見ていれば、いつかオールマイトのかっこよさに気づいてそれが切欠になってヒーローを目指せばそれでいいのだ。
私の事なんて記憶の荒波の中で小石となって消えればいい。というかもうそろそろ二歳も終わるし、まじで勝己君と距離を開けたい。何度も言っているけど私だってただの精神年齢が高いだけの子供だ。一応『お友達』っぽい子から嫌われるのは心が痛む。

いまだにお怒り気味の勝己君が、私へ話しかけてくる。

「でも、いずくはヒーローになるんだろ」

原作を知っているわけもないと理解しつつも、狙ったような質問に思わず笑みがこぼれる。



「良い『個性』が出たらね」

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bkm