- ナノ -

04

入園一日目から勝己君は私に構ってくるようになった。私が黙々と本を読んでいると近寄ってきて隣に座って、分からない単語を指さしてきて質問攻めにする。
勿論ずっと隣にいるわけじゃない。傍から見ていると彼はボス気質で、結構無理やりなところもあるが子供たちをまとめて遊びに興じている。勝己君のやりたいこと、という前置詞はつくがそれでも子供たちは色々な知識を持っていてさらには強い勝己君に妥協しつつだがついていっていると思う。こういうところで付き合わされている子供たちには協調性が生まれるのだなと感じで遊びというのは興味深いものだ。
将来は保育士にでもなろうかな、と本を読みながら盗み見していればなぜかやってくる勝己君。
遊びがひと段落したり、やはり勝己君の言い草に納得できない子がいたりして喧嘩したりしてくるとこちらにやってくる。暇になったから来ているのか、それとも親のいう事を聞いているいい子なのかはわからないが、別にこちらに来てもらわなくてもいいのに。というか来ないでほしい、正直なところ。
何度でもいうが、結局は四歳で砕け散る関係なのだ。変に仲良くなったらその時が辛いじゃないか。私だって前世があったとしてもただ心の弱いオタク女の前世だ。心身共に鍛えられているわけでもないし、仲良くなった子供から嫌われるというのは傷つくのだ。

「かつきくんさ」
「なんだよ」
「私といっしょにいて楽しい?」

隣で小さな体を本に近づけて文字を追う勝己君に話しかける。
集中しているところ悪いが、ここ毎日の疑問なのだ。本を読んでいる私の隣に座って、文字の意味を聞きながら文章を読んでいく。この作業、楽しいか?
この年齢の子供がどういったことを楽しむかなど私にはわからない。けれどこれは一般的には糞つまらないことなのではないかと思うのだ。追加で言うのならば、私といるときはこの作業しかしていない。幼稚園に来て私がしていることは読書と昼寝だ。最近保育士の先生に友達と遊ばな過ぎて『虐められてない?』と心配されたが、大丈夫。これからの心配をしてください。四歳以降貴方地獄だと思いますよ。子供間での差別への対処が。

勝己君は私の質問に目つきの悪い瞳を向ける。顔は十分整っているけれど、将来これは強面になる未来しか思い浮かばないな。

「んだよ。お前は楽しくねーのかよ」

若干怒りの感情を含めて言われたトゲトゲしい言葉にふと首を傾げる。
今まで数少ないが話してきた中でここまでトゲトゲしい声になったのは初めてだ。そう考えて、今まで私と勝己君は何か言い争いのようなものはした覚えがないことを知る。
いい関係を築けていたのか、と今更ながらに考えて、しかし勝己君からの質問に答える。

「別に、普通だよ」
「んだよ! だったらもっと早くいえよ!」
「え? あ、ちょっ、え!?」

冷たく答えたはずなのに、返ってきたのは苛立ちの言葉。そして私の腕を力任せに引っ張る勝己君だった。
膝に置いていた本が地面に落ちて、拾う前に更に腕をひかれて転びかけた体をどうにか直して駆け出す。

「ちょっ、かつきくん!?」
「たのしくねーなら早く言えよ!! おれがばかみてーじゃねーか!」
「いや、ちょ、ええ……」

馬鹿みたいって、あの流れからどうして勝己君が馬鹿みたいという話になるのかがお姉さんさっぱりわからないよ。今は男だけど。
腕をひっぱられて無理やり連れてこられたのは、よく勝己君と一緒に遊んでいるらしい子供たちのところだ。ええっと名前は、なんだったか。ダメだ、一日目の自己紹介の時に元気よく名乗っていたけど忘れた。

「おい! おにごっこするぞ!」
「いいけど、かっちゃんそいつもいっしょにあそぶのか?」
「いや、私は」
「遊ぶぞ!」
「ええ……」

いや遊びたくないんだけど。そう言いたかったが、いつの間にかじゃんけんの流れまでできてしまってため息をつく。
子供たちに交じって体力勝負なんて、一番やりたくなかったことだ。心身共に疲れるとわかっているのにどうしてやろうと思うのか。
しかしあっという間に鬼が決まって子供たちは走り出す。こういう時って一番やりたくないと思っていたものをやる羽目になるんだ。

「私が鬼かよ」
「ぜんいんつかまえるまで、ずっとおにだかんなー!」
「はぁ!?」

逃げながらそう叫んだ髪の長い子供@に思わず声を上げる。
しかし周囲には子供たちはいなくなっており、脱力感が体を覆う。というか、確か子供たち後から集まっていた分を含めると十人ぐらいいなかったか。嘘だろ。
苛立ちのぼりぼりと頭をかいてそれから軽くストレッチをした。こうなれば、できるだけ早く子供たちを捕まえてさっさと読書へ戻ろう。

「せいしんねんれい二十代舐めんなよ……!」

身体は大丈夫でも心は疲労困憊ですよもう。

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bkm