- ナノ -

ヨミエル成り代わり(ゴーストトリック・猫シセル)
「シセル」

彼は、とても愛しそうにその名前を呼ぶ。
それは彼と出会い、そうして共に行動するようになって付けられた私の名だった。
いつも猫のように一目に隠れ行動している彼は、夜になって安全な場所を確保できると、そうやって私を呼びつけた。

別に何を不満に思っているわけではない。
逆にそれが嬉しいぐらいで、にゃぁお。と鳴いて近寄れば、和むように顔を綻ばせる彼の表情が好きだった。

「シセル、シセル。いつだって嫌になったら他の誰かのところに行ってもいいし、野良になってもいいけどな。
 絶対におっちぬんじゃないぞ。そうしたら、お前らは死ぬんだから」
「にゃぁお」

分かっている。と返すと、彼はやはり安心したように顔を綻ばせる。
胸の衣服の間に侵入すると、そのまま丸くなる。温かい。
そうすると、完全に安堵したように、“ああ、いいな。そうすりゃお前は死なずにすむぜ”と笑って、やっと安堵して身体を弛緩させる。

彼は何かの死を強烈に嫌がっている。
それは、動物の死から、他人の死まで幅広いが、その中でも私の死は時折こうして確認せずにはいられないほどに恐れていた。
それが私にとっては嬉しいことだった。
彼は私が一人ぼっちでどうしようもないときに助けてくれた恩人だ。そうして今では唯一の相棒。
そんな彼に心配されて嬉しいわけがなかった。
だから私は彼を安心させるためにこうして一緒にいる。いつまでもだ。

彼が他へ行けと、野良になれといっても、譲らない。
だって彼はあんなにも愛しそうに私の名を呼ぶのだ。

「シセル。お前は、お前は死んでくれるなよ」

せめて、幸せに命を全て使い切って死んでくれ。
サングラス越し視線と、温かくも冷たくもない手のひらの撫でる感触を感じながら、聞き入る。
何をいうのか、今、貴方とこうしているときが、一番の幸せだというのに。

にゃぁお。と鳴く。
彼は悲しそうに愛していると呟く。
それが私ではない、その名の向こうにいるニンゲンへの愛の言葉でも、私は今が一番幸せだった。

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bkm