- ナノ -

01
それなりに挫折を経験して、それなりに幸せな人生を歩んで。
仕事に苦しんでやる気を出して恋愛に精を出して。
楽しい人生だったと言えるんじゃなかろうか。
だから、どうしてあの時あんなことをしてしまったのかと悔やんでいる。

子供がトラックに轢かれそうだったのだ。公園が道に面しているところで、仕事の昼休憩の時間に外に同期と一緒に食事に出ていて、その帰りがてらだった。
公園から道路にボールがはねていって、その様子に同期と一緒に『よくアニメとかだとこの後車が走ってきて、子供が道路に飛び出してなんてあるよねー』『あーあるあるだわー』とか話していた。
企業の事務所があるから荷物の運び込みの為にトラックなんて何台も通る道で、その時間帯も当然トラックが走っていた。そしてころころと転がって道路の反対側で車道と歩道の境にある縁石にボールが跳ね返った時。まるでアニメのように子供が公園から駆け出してきて。
同期と共に情けない悲鳴を漏らして、手から財布とスマホが滑ってコンクリートに落ちた。
そのあとは、正直何を思ったかわからない。けれどいつの間にか走り出していて、子供を抱えたと思ったら公園の方に投げ飛ばしていて、真横にトラックの正面が迫っていた。

もしかしたら仕事でミスをしたことが原因かもしれない。それか、同期と話していたようにアニメでそういう場面をみていたことが原因かもしれない。はたまた、最近ヒーローが活躍する漫画を見ていたからかもしれない。
ただ思ったのは、やってしまったなぁという事だけだった。





意識を取り戻した瞬間、私は息の詰まりに心底動揺した。
生きている――けれど息が出来ない。死ぬ、死んでしまう。
私は必死に息をしようとし――泣き声を上げた。まるで、この世の終わりとでもいうような泣き声を。
本当に本能から、私は生まれ変わったのだと察した。




私の名前は緑谷出久。そんな名前を親が授けてくれた。
産まれたとわかってから数日、いや数週間、違う、数か月――一年間は私は現実を受け止められなかった。自分が子供を助けて死んだという事実と生まれ変わったという事実。それに打ちのめされ、あるときは嘆き、ある時は喜び、ある時はハイになり笑い転げまわり。そうして一年たってようやく現実を受け止めることが出来るようになった。
もう両親に会えない、友達に会えない、あの生活には絶対に戻れない。その事実はあまりにも重くて辛かった。そして新しく生まれ変わった先で、両親や友達に会えることがないこともできなかったのが現実に向き合わせるのを遅くした。
この世界はヒーローという公職がある。そして人口の八割が『個性』と呼ばれる特殊な『力』を生まれつき持っている世界――この『世界』は私が生まれ育って『世界』とは別の次元だった。
私が育った世界では個性と呼ばれる特殊な力もヒーローというアニメや漫画だけの職業もなかった。つまり、世界が違うという事は私の知っている人たちはこの世界には住んでいないという事。
私にとってはそれが全てだった。自分を構築してくれていたもの、それらが全部失われてしまったのだ。世界が同じなら記憶があるのだからと両親や知人を見つけることもできただろう。そうして、この悔やむ心の内を吐き出せただろう。けど、世界が違うのではそれはできない。
辛くて悲しくて、一年間赤子として過ごしながら死にたいほど子供を助けたことを悔やんで、どうして記憶をそのままに転生したのだと神様を憎んで、両親の私に手を焼く姿に泣き叫びながら申し訳ないと心の内で謝った。
だけど、やっぱり人は立ち直るもので。私も一年もすればこの世界で生きていかなければならない現実に向き合うことになった。だって親は前世と変わらず愛してくれるし、私は新しい生を生きているし、ならばやはりこの人生も、前の人生と同じように生きていかなければならない。
そうして一年後、私は重大な事実を知る。

「(緑谷出久って……僕らのヒーローアカデミアじゃねぇかあああ!!!)」

prev next
bkm