- ナノ -

21,「その髭触らせてくれ」

仕事が終わらない。
何度も何度も承認の文言を書いたり、名前を明記したり、書簡を山のように積んでも、全く仕事が終わる気配がしない。
寧ろ昔の俺どうやってこれをさばいていたんだっていうぐらいの量である。
座ってひたすら机に向かい筆を持っていたが、もうそろそろ、いいんでないだろうか。

「皆、今日はこれで仕事を打ち切りにする」
「えっ」
「俺は適当に散歩してくるから、皆も適当に過ごしてていいぞ。何か言われたら俺に言われたって言え」
「将軍! ちょっと待っ――」
「ではサラダ! じゃなくてさらば!!」

もうやってらんなーい。
一緒に仕事をしていた副官の二人を置いて部屋を颯爽と出ていく。
二人はなんだかんだ俺を放置してくれるからありがたい。別に全力疾走で逃げてるわけじゃないよ?

そういうわけで逃げ延びてきたわけなので、今日はどうしようかとぶらぶらする。
孟徳のところいって現代のゲームを教えて一緒に遊ぼうかなーそれか夏候惇の処に態と顔出してリアル鬼ごっこしようかなぁ。それとも淵ちゃんのところいって息子と一緒にきゃっきゃうふふしてようかなぁどれもこれも魅力的だな! 天国か!

でも今回は――そうだ、あそこに行こう。



「かーくーかー! 俺と一緒にランデブーしようぜー!」
「生江じゃないか。ようやく私のところに来てくれたね」
「うん? なんか約束してたか?」
「いいや、でも最近は身内のところばかりに足を運んでいたじゃないか。彼らも貴方を構うし、あまり話せなくて寂しく思ってたんだ」
「な、なんて殺し文句!! お前男も落とそうとするのやめろよ! 惚れるだろ!」
「惚れてもいいんだよ?」
「うおおおお郭嘉様結婚してーー!」

郭嘉の部屋に声もかけずに突入して抱き着く勢いでスライディング接近する。
どうやらきちんと仕事をしていたらしい、ふふふ完全なる不意打ち! しかしこの色男は全くもって動じず寧ろ俺を惚れさせに来やがる。クッ、強い!
でもカッコいいから許す。ほんとこいつ年とってもイケメンだな。こいつだけサザエさん方式なんじゃねぇのか。カッコいい。秘訣教えて!
俺がきゃーきゃー言っていると、後ろから怒気が発せられる。
背後に振り返ると、仁王立ちをしている長髪の男が。こちらは座ってるから、威圧感凄いね!

「アンタたち煩いんですがねぇ」
「おっ、うさん臭さ代表の賈クさんじゃないですか」
「面と向かってそんなこと言うのあんただけですよ」
「なぁ、一つお願いがあるんだが」
「……」
「真面目な話だ」

顔をキリッとする。真面目モード顔である。
おふざけモードから真面目モードに変更したり、その逆をやったりすると、結構いろんな人が吃驚する。それが結構面白かったりする。
そんなわけで俺の事を邪険にする(悲しい!)賈クに真面目モードでお願いがあるの☆と言ってみたが、さてどうなる!?

「……要件によりますね」
「その髭触らせてくれ」
「殺しますよ?」

酷い!! 思ったより酷い!!
でも滅多に見られないにっこり笑顔だった!! 写メ撮りたい! めっちゃ良い笑顔!!
でも殺すなんてそんな縁起でもない事言っちゃダメだぞ!

「賈クは一度俺を殺しかけたじゃんかー」
「それは……」

何か言いかけて、賈クは口を閉ざしてしまった。
おう? なんで? え、もしかしてツッコンじゃいけないところだった?
いやでも俺生きてるし。冗談だよね? 冗談って受け取られなかった?

「あーあれだよ! そういえば背中の傷で倒れたところを賈クに助けられたことあったよな! ありがとなー俺あのまま死ぬかと思ってさーってか典韋とかにあの後怒られてさ、ふふ、あー典韋! 典韋だよ! なぁ賈クって典韋と話したりしてる? いやしてるよね知ってる! 前見たし! くくくく」
「……何笑ってるんですか」
「あっ。ごめん。なんか気にしてるみたいだったから良い感じで慰めようとしたら典韋と話してるの思い出して嬉し笑いが」
「色々言いたいことはありますが、アンタを助けたのは俺が下ったからですよ」

お? 照れ隠しか? 照れ隠しか?
あと、典韋と仲が良いのは本当である。気に入って一日ストーカーしたからな。普通に典韋と話してたし、更には冗談言って笑い合ってたからな。なんだこいつら仲いい。混ぜろ馬鹿。
まぁとりあえず照れ隠ししている賈クに、立ち上がって身長的有利を手に入れる。ふふ、俺の方が背が高いんだぜやったね!
そして丁度いい位置にある頭を撫でる。あからさまに驚いた顔をしている賈クに思わず笑みが浮かぶ。おっさんの癖に可愛いやっちゃな! あ、俺もおっさんか。凹むわ。

「でも、ありがとな。賈クって胡散臭いだけでいい奴だもんな」
「は――な、何言ってるんですか。遂に頭まで可笑しくなりましたか」
「頭可笑しいのは元からだぜ?」

秘儀!おっさん撫でまわし!!
やっぱり直に触れ合えるのはトリップした奴の特権だよな!! うおっ、ちょ、賈クさんすげぇ髪がサラサラじゃないですか? どういうことですか? も、もしや貴様女だったのか……!?
なでこなでことやっていたら、ガッと腕を掴まれる。おっと流石に怒られるかな?

「そういえば、典韋殿が生江将軍と話したいと言っていましたよ」
「何!? 典韋が!! 直ぐに行かなくては! んじゃな郭嘉、賈ク!」

愛しの典韋が呼んでるぜ!
居ても立ってもいられないのでサッと二人に挨拶だけ残して部屋を出ていく。
向かうは典韋がいるであろう訓練場。この時間だから多分あそこだろう! ストーカーなめんじゃねぇぞ!
にしても賈ク、耳赤かったなーぷぷぷ。やっぱり慣れてないのかね。後で孟徳との酒の肴にしてやろーっと。





「ばれましたかね」
「流石にばれてると思うよ。生江は意外と鋭いからねぇ」
「くっ」
「ふふふ、この感じ。懐かしいな」
「懐かしいって、何がです」
「彼の振る舞いに、皆毒気を抜かれてしまうんだよ」
「……厄介なもんですね」

prev next
bkm