- ナノ -

「……どうしてこうなった」
「背負ってやると言ったじゃないか」
「てめぇ今負傷してねぇだろうが」
「なんだ。駄目なのか。正三位ともあろう者が情けない」
「下らねぇことに正三位持ち出すんじゃねぇ!」

本当にどうしてこうなった。
俺の首に腕を引っ掛けて背にぶら下がる長谷部に、怒りやらを飛び越えて意味が分からな過ぎて頭痛がする。
手入れ部屋へ運び込んで、主に泣きながら手入れをされたと思ったらこれだ。
手伝い札であっという間に怪我を治してもらった癖に、戸の前にいたら声をかけられた。

『部屋まで連れてってくれ』
『は?』

主は別の刀剣の手入れをしに行ったところだった為に丁度いなかったが。最初は何を言っているのか本当に分からなかった。ただ、理解できずに立ちすくんでいれば、さっと立ち上がったそいつが背後に回ってきて、そのまま首に腕を回してきてぶら下がってきたのだ。本当に意味が分からん。
とりあえず引き剥がそうとしてみれば、首を絞められる。

「っだぁ! 首を絞めんじゃねぇ!」
「なら連れていけ」
「……じゃあちゃんと背中に乗れ」
「! 分かった」

承諾しない事には手を離さないと思い、そう告げれば何処か嬉し気に頷くそいつ。
ほんとになんなんだ、こいつ。
仕方がなく背負って部屋まで連れていけば、一人部屋だから当たり前だが、誰もいなかった。
打刀の部屋はそれぞれ幾つかに分かれて存在しているのだが、こいつはあとから来たから、ちょうど一人部屋になったのだ。手入れ部屋と近かったおかげで誰かに目撃されていないのは良かったが。

「ほれ、着いたぞ」
「ああ。感謝する」

何処か満足げに言う、そして挑戦的な目つきでそう返事が返ってくる。
それ感謝してるやつの物言いじゃねぇぞ。
尊大な態度に、どこからこんな態度が出てくるのかと疑問が占める。
本当にこいつは“へし切長谷部”なのか。他の本丸と違い過ぎないか。抱いていた違和感が再び沸々と湧き上がってくる。
長谷部は自分の部屋につくと、いそいそと何かを準備し始めた。見るに、主がよく食べているような袋に入った菓子に湯呑。なんだ、人に連れてこさせたと思ったら茶でも飲み始めるのか。確かに丁度午後の三時ほどではあるが不遜すぎないかこいつ。
長谷部は座った状態でこちらを見ると、ポンポンと畳を叩いた。

「座れ日本号」
「は?」
「俺がもてなしてやると言ってるんだ。運んでもらった礼だ」

なんだそりゃ。だったら酒飲むわ。
あほらしい。あほらしいが、既に茶を二人分入れ始めている長谷部にため息をついた。

茶を飲み始めると、ぽつぽつと長谷部は言葉を零し始めた。
今回の戦で重傷を負ってしまったことを悔しく思うとか、主を泣かせてしまって刀失格だとか、手入れ部屋で受けた手入れはとても気持ちがいいものだったとか。今回の戦に関連することから、この本丸で起きた出来事やら、全く関係ない、食事の好みの話やら。その調子でこちらにも話を振ってくるものだから、無視するわけにもいかず、返せない質問をされるわけでもなかったので、俺も色々なことを話した。
右府様の話や、黒田家での話もした。こいつと過去の事を話したことがなかったので、意図して口に出していないのかと勘ぐっていたが、どうやらこいつはそういう気はなかったらしい。そんな想いを会話の流れで思わず言ってしまえば、顎に手を置いて少し考えたそぶりを見せた後に、もしかしたら無意識でそうしてしまっていたかもしれない。等という返事を受け取った。
ここの本丸での話も、聞きたがったので聞かせてやった。

そうやって長々と日が暮れるまで話し込んで分かったのは、こいつが普通のへし切長谷部と違う事。本人がなんでもないようにそう口にした。
なんでも記憶や感情はへし切長谷部だが、亜種だかなんだかだそうだ。
だから、長政様のことをよく思ってはいるが、他の処の長谷部のように良く思っているが故に忘れたいと思っていないとか、今の主が愛らしいとかなんとか。こんな所で他の本丸の長谷部の考えを聞くとは思わなかったが、だからか。と漠然と納得した。
可笑しいと思っていた。こいつらしくないという、違和感の正体がやっと証明された。
変にあっけらかんとした態度をする理由も、過去のことを言及しない理由も。ずっと身体のどこかで燻っていた苛立ちが風に吹かれたように消え去った。

だが、良い事ばかりではないらしい。他の本丸の長谷部とは気が合わない。そもそもあいつは生真面目であるし、そうして黒田家のことで正面切って話さない限りはどこかで食い違いが起こるだろう。
この長谷部とはそうではないかと言えば、確かに食い違いはもう起きないだろう。辛気臭い面持ちをしていない。
しかし言葉を交わしてみてはっきりとわかった――こいつ、開き直ってやがる。

「まぁ、そういうわけだ。だから、よろしく頼むぞ日本号」

どこか不遜な態度で笑みを浮かべるそいつに頬が引き攣る。
なぁにがよろしく頼む、だ。化け猫め。主達の前じゃあ厚い猫の皮を被りやがって。
だが、まぁしかし。

「ハッ、了解しましたよ。おひいさま(お姫様)」

中身を知っているのが俺だけと言うのも、悪くない。
軽口で返せば、目を丸くしたそいつは嬉し気にこう返した。

「日本号になら、そういわれても悪い気はしないな」


……前言撤回だ。何も良くない。
苛立たない代わりに、なんだかよくない感情が生まれそうな気がした。

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bkm