- ナノ -

俺が来た時に、そいつはいるもんかとばかり思っていた。
珍しいと言われる刀剣達が既に揃っていると俺を発見した刀剣から聞き、あいつの顔がふと思い浮かんだ。きっとこんなところに来ても捻くれた性格そのままにやってんだろう。そんなことを思いながらあいつをなんとなしに探してみれば、それに気づいたらしい主の初期刀の陸奥守吉行に長谷部はまだいないと言われた。

「は? なんでだ?」
「あいつはまた来とらん。主が言うにゃあ、縁がまだこんらしい」

縁。両端を繋ぎ、引き合わせる縁。あの男だけに縁がないとは、なかなかこの主も変わっているらしい。大層嘆いているという話だったが、俺としてみればあいつをどうしてそこまで手に入れたがるのか謎だった。

結局、俺がこの本丸を訪れてからも、あの男は一向にやって来なかった。そのまま着々と練度が上がり、演習に出てみれば他の本丸にはあいつはいた。
主に従って、主命主命と煩い。そんな印象だった。やはり気に喰わない。他の本末の奴と話す機会などないが、目が合った瞬間に火花が散ったのは気のせいではないだろう。
気が合わなそうにも程がある。酒壺を片手にしていれば、それだけで他の部隊だというのに険を帯びた眼で見てくるのだ。まぁ主がいる手前、何も言ってはこないが。
だが、他の本丸にいるくせに、こちらにいないとはどういう了見か。


「鍛刀に付き合ってほしい?」
「はい! 黒田家で縁があった日本号さんと一緒なら、もしかしたらへし切長谷部さんも来てくれるかも……!」
「どうだかねぇ」

口をへの字にしていれば、同じ槍部屋の蜻蛉切が、それはいい。といい、俺の背を押した。
何がいいのか。俺がこの場にいて、来るわけないだろう。俺だったらあいつが顕現してすぐ近くにいる場所になど御免こうむる。
だが、主きっての願いと言われてしまえば、頷かざるを得ない。今回だけだからな。

そうして鍛刀部屋へ来て、資材を入れて主が祈ってみれば、二時間三十分。
それに目を輝かせた主は、へし切長谷部さんもこの時間なんだよ! と言って手伝い札を取り出した。
こんなんで使っていいのかと思うが、抑えきれないのだろう。喜々として手を合わせる主の様子を見守った。
すると、あっという間に時間が経過し、一本の刀が現れる。

――それは、見覚えのある刀だった。

「へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ」


それからは――あまり思い出したくない。
直感で可笑しいと感じた。なぜかと言われると、曖昧な答えしか出ない。が、そいつは可笑しかった。
まず、声が可笑しい。声色が違うとか、そういうんじゃない。変に、甘いというか、穏やかなのだ。
他の本丸でも、以前の姿でも、もっとこう、生真面目な刀剣だったように思う。
だが、何処か余裕があるように穏やかに声を出すので、耳が痒い。
更に、こちらの言葉に耳を傾けない。他の本丸の長谷部が一瞬にしてこちらと火花を散らしたことを思えば、こいつはどうにもその勢いが足りない。
後から来たせいなのかなんなのか、こちらに向ける視線に目元ほどの鋭さがない。
こちらを良く思っていないことは確かだろうが、何処か煽るには物足りない。
嫌っているであろうへし切という名で呼んでも、目線をちらりと向けるだけで、その後は主に付きっきりだ。なんだこいつ――予想以上に気に入らねぇ。

その後の数日後も、書類整理やらなんだかで倒れたそいつと泣く主を発見し、どうにか宥めて長谷部を畳に転がして置いた後、おいてきたのは俺だからと歓迎会と言う名の宴会の案内役に回された。
どうして俺がこんなことを、と思いながらも部屋へやってきてみれば、穏やかな寝顔があった。
時折笑っているんだから、良い夢でも見てんだろう。なんだこいつ。

「ハッ、主命!」
「なんだそりゃ」

意味の分からない声をあげながら起きたと思えば、こちらを見て固まる表情。
なんだってんだ。何をそんなに驚くことがある。
意味もなく苛々として、腹を蹴ると怒りの声を上げた。鋭いそれに何故か息をつく。

そのまま頼まれた通り宴会場へと足を進めていれば、ふと主に伝えられたことを思い出した。

「明後日から、お前が隊長の部隊に俺も配属されることになった」
「ほう。酒は飲むなよ。飲んでいたら切り捨てるぞ」

何処か楽しそうに発せられたその言葉に、動かしていた足が止まる。
それだ。それがいけ好かない。
なんだその、楽しそうな声色は。言葉と中身が合致しない。
他の奴らなら分からないんだろうが。昔に関わりがある俺なら分かる。
何が可笑しくてそんな声を出す。それが分からず苛々とする。こっちはこいつに苛立たされいるのに、当の本人は愉し気とは。良いご身分だな。
こいつは――可笑しい。だが、何処が可笑しいのか、何にそう感じているのか、そうして何故それをここまで気にしなければならないのかが分からず、苛立ちが怒りに変換されていく。
思えば口が開いており、長谷部と向かい合っていた。

「格下がつけあがんじゃねぇぞ」

ああ、ちげぇよ。そういうことが言いたいんじゃない。
思い通りにならない口に、更に怒りが募る。驚いたような顔をする長谷部にもだ。
しかしそいつはすぐに表情を嘲笑に変えた。

「ふん。いつまでそうほざいていられるか」
「んだと……!」

怒りに身体が動く――その瞬間に主の声が響いた。


どうやらすでに宴会場へはついていたらしい。
馬鹿なことをした。と思いつつ、気分は治らない。先ほどの会話や顔がチラついて煩わしい。

「日本号殿は、どうして長谷部殿のことを煙たがるのですか?」
「そうだぜー。それで短刀たちに困った顔される俺の身にもなれよ」

両脇からそんなことを言われ、酒を飲んでも気分が上昇しない。
寧ろ鶴丸と絡んでいる長谷部がなんとなく楽しそうにしているのを見て、更に気分が急降下だ。あいつが機嫌よさげにしていると、苛々する。
苛立ちを誤魔化すように酒を飲み込みながら、話を振ってきた二人へ答える。

「煙たがってなんかねぇよ」
「では」
「気が合わねぇんだよ」

そうとしか言いようがない。
この、会うたびに、姿を見るたびに募る苛立ちは、他にどう表現するべきだというのだ。
御手杵が飯を食いつつ突っ込んでくる。

「でもよ。にしてはアンタから突っかかっていってるよな」

酒を飲む手が止まる。じろりと睨めば、これうめぇ。とさっさと食事へ戻り、こちらを見ちゃいない。
この槍は、刺すことしか能がないといいつつ、こういうところでは鋭いことを言う。
そうだ。気が合わないなら、そもそも余計に顔を合わせなければいい。だが、どうしたことか目はあいつを探すし、何かあればなんとなしに足が運ばれる。言葉も交わさなきゃあんなことにゃあならんのに、どうしたことか口が開く。

気が合わない、それもある。だがそれよりも、気に喰わないのだ。
何事もないようにこちらに接し、何でもないように話をするその態度が。

「……ふん」

あいつの歓迎の宴会だけあって、色々な刀剣に絡まれている長谷部を見て、やはり苛立った。





「はぁ、はぁ」
「ちょっと、アンタ大丈夫かい?」
「だい、じょうぶ、だ」

次郎太刀の言葉に、途切れながら返すそいつは馬鹿だと思う。
練度が低いため、共に出陣はしたものの刀装をすべて壊され重症になった身は、傷だらけで血だらけだ。
だというのに意地を張って助けを求めないのだから、それが迷惑だと気づかないのか。
だが、あとはもう本丸に帰城するだけ。それなら放って置いても死にはしないだろう。

横目で長谷部を盗み見れば、ふらふらとして足元が覚束ない。
足でも引っ掛ければその場に倒れて起き上がれなくなりそうなぐらいだ。顔色は悪く、息は荒い。
それにイラついて、頭が痛くなる。ああ、くそ。やはり気に喰わない。

「なっ」
「大人しくしてろ。ったく」
「に、日本号……」

力のない声を聴いて、少しだけ胸の内がスッキリした。
身体を持ち上げて、肩に担ぎ上げれば、少し身を動かしたが直ぐに大人しくなった。それに、苛立ちがなくなる。
そうだ。最初から大人しくしていればいいのだ。面倒な奴。

「日本号がデレた……!?」
「次郎ちゃんうるせぇぞ」
「……」

共に出陣していた次郎太刀が煩いが、無視だ無視。誰がこいつなんかにデレるか。
しかし、何も言葉を発しない長谷部が気になり、首を後ろへと動かした。そこにかこちらを驚きの目で見る姿があった。それに、なんと口を開こうか迷い。とりあえずいつもの調子で言葉を出した。

「ケッ、こういう時ぐらい背負ってやるってんだよ」
「……ああ」

随分と大人しい――いや、穏やかな声が帰ってきて、調子が狂う。
嫌味の一つでも返ってくると思ったのだが、それも来ない。言い返してやろうと思っていた言葉が飲み込まれる。
何だってんだ。こいつ、やはり可笑しい。苛立ちが募り、訳もなく居心地が悪くなる。
……だが、こうして世話を焼いて、こいつが何も言わずに受け入れているこの状態は、

「(嫌いでは、ねぇな)」

嘘でも本人には言わねぇが。

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bkm