- ナノ -

「ハッ! 主命!」
「なんだそりゃ」

ん? 誰だ?
今私は主ちゃんの頼みごとを誤って違えてしまって、主ちゃんが泣き出しそうになっているところをどうにか宥めようとしていたところだったんだぞ。別に泣く寸前の主ちゃん可愛いとか思ってないし。その顔が見たかったから態と主命破ったわけじゃないし。
そんなことを思いながら声の主を見てみれば、真っ黒くろすけ――。

「日本号!」
「……驚きすぎだろうが」

日本号が嫌そうな顔をするが、そりゃあ驚くでしょうに! あの男前がすぐそばにいるんですよ! 驚かない方がどうかしてるぜ! まぁ絶対に言ってやらないけどな!
驚きのまま固まっていれば、げし、と腹を足で蹴られる。強くはなし、痛くもないが私はそんな性癖はないぞ。寧ろ逞しい男を扱き使ってやりたゲホゲホ。
そんなんだから顔は悪くないのに彼氏出来ないんだよ。と言われた過去を思い出す。うっせー黙れお前だってメンヘラで彼氏できてもすぐ逃げられるくせに。そう言ったら殺されかけたな懐かしい。
しかし蹴られて黙っていることも勿論この身体は出来ないので口を開く。

「貴様、何をする!」
「いつまでも寝てんのがわりぃんだろうが。行くぞ」
「おい待て、何処へ行く」
「行きゃあ分かんだろ」

え。何それ適当。
もうちょっと情報が欲しいなぁーと思いながら日本号を睨みつつ、さっさと廊下へ出て行ってしまった彼を追いかける。もー連れないのもいいけどもうちょっと優しくしてほしいなぁーしたらしたでへし切長谷部な私は何の真似だとか言っちゃうんだろうけどね!
てこてこと着いていけば、その後ろ姿に見惚れる。はぁーやっぱり大きな背中っていいよねぇー私もどうせなら日本号になりたかっ――嘘ですすいません嘘なんでなんか衝動的に日本号を切り付けたくなるのやめてください自分。
一人で葛藤していれば、日本号が振り返らずに私に言う。

「明後日から、お前が隊長の部隊に俺も配属されることになった」
「ほう。酒は飲むなよ。飲んでいたら切り捨てるぞ。(マジか嬉しい! 一緒に頑張ろうぜ!)」

おおーーっとぉ! 素直じゃないのはこの口かなぁ!!
これはびっくり過ぎだわなんでこんなに素直じゃないんだこの口は!
自動変換すぎるわ! へし切長谷部どんだけ日本号と仲悪いの! 私は仲良くしたいですはい!
でも酒に酔って怪我負って主ちゃん泣かせたらマジ許さぬ。切り捨てごめんだわマジで。死なない程度に。

日本号が数歩進んだところで、くるりと後ろを振り返る。
その顔を見て、やっちまったことを悟った。

「格下がつけあがんじゃねぇぞ」

これが……殺気! 瞳孔の開いた目はいつの紫ではなく、血のように赤く輝いている。身体が大きいせいか、まるで捻り潰されそうな幻想を覚える。だが、その中でも槍のような鋭い美しさを持つのは流石正三位というべきか。

ひ、ひえええええこれが正三位の本気!
内心ガクブルしつつ、しかし身体は戦闘態勢プラスガン付け中。この身体喧嘩っ早いね! 嬉しくない!
だが、そんな思いとは裏腹に、日本号への苛立ちのようなものが募る。ただの冗談(という名の無意識ツンデレ)だよそれぐらい悟れ馬鹿!
気付けば口角がくいっと上がっていた。

「ふん。いつまでそうほざいていられるか」
「んだと……!」

日本号の顔が歪む。おっとこれはマジで遣り合う流れですね!!
まぁでも……ここまで来たんだしここはいっちょやっときますか!! こうなったら開き直りだ!
男同士は拳で語り合わなきゃね! この場合は刀と槍だけど、流石に折れたりしねぇだろ!! これで仲良くなれたらおんの字、ってことで。
日本号が槍を構える。それに合わせて私も刀の柄に手をかけた。



「は、長谷部さん私たちの本丸へようこそーーー!!」

パァン! とちょうと横にあった戸が開かれ、そこから主ちゃんの可愛い声が。
その後から、パンパンパンッ! とクラッカーの音と紙吹雪が舞う。
奥には大広間が広がっており、そこには何十人もの刀剣男士たちが食事や酒と共に待っていた。突然明るくなった部屋にポカンと顔が弛緩する。
お、おっとぉ。これはぁ?

「言ったでしょ! 今日は長谷部さんの歓迎会だって!」
「は、はぁ」
「ほらほらこっち!」

主に手を引かれ、宴会場へと連れていかれる。
どうやら主役らしい私は、主の隣の席らしい。
これどうぞ! と渡されたお猪口を持つと、隣にいた五虎退に酒を注がれる。か、可愛い。
私と日本号以外はすでに揃っていたらしい。寧ろ、あの静けさを考えると、驚かせようとしていたのか。
日本号も槍の二人の近くに座っている。しかしその顔は不機嫌真っ盛りだ。
どうやら廊下での物騒な会話を聞かれていたらしく、主はどうにか盛り上げようと必死である。う、うわぁごめんね主。
しかし、主が頑張っているので私も先ほどのことは忘れちゃおう! 謝る? あとでいいよね!
主ちゃんは立ち上がって、手に持ったコップを掲げる。勿論中身はジュースだが、なんか主ちゃん自棄になってない?

「じゃあ、長谷部さんが私たちの本丸に来たことに、かんぱーい!」
『かんぱーい!』
「乾杯」

どうやら他の刀剣男士たちのお蔭で、仕切り直しには成功したらしい。
わいわいと一気に騒がしくなった大広間に、一安心すると同時になんだか自分も楽しい気分になってくる。
主ちゃんも盛り上がっている様子を見て安堵したのか、ふにゃりと笑いらしい笑みを浮かべて、早速短刀たちに絡まれている。

「はっはっは! しかし行き成り驚かせてくれるなぁ!」
「鶴丸か……やはり聞こえていたのか」

酒瓶を片手にやってきたのは白い塊――ではなく鶴丸だった。
隊で一緒になったこともあり、驚きの洗礼も受けた。思わず追い回してしまったら落とし穴に落とされた。くやじい。
まぁ、だからといって嫌いになるほど心も狭くないので(寧ろ楽しかった)、普通に話してはいるが。

「しかし、どうしてああも仲が悪いんだ? 昔を知っている仲だろうに」
「だからだろう」

真っ白白すけ鶴丸ちゃーんどうしてあなたはそんなに白いのぉー♪
なんか久しぶりに酒なんて飲んだから、なんだか気分がいい。
それに、こうして自分の為に宴会を開いてもらえるなんて、私はなんていい主の元へやってきたのだろう。
心がほかほかする。ううーあったまるんじゃー。
そのおかげか、今までは意地のようなものに邪魔されて口に出せなかった事がぽろっと言葉にできた。

「俺は嫌いじゃないがな」
「……こりゃあ、驚きだな」

ってか好きだわ。というのは流石に口には出せないらしい。私もちょっとな、流石に恥ずかしい。
でも、好きなのは本当。話してみてもっと好きになったわ。私の本丸にも来てくれーー。
鶴丸が絶句しているのを見つつ、周囲を窺う。がやがやと騒がしい光景に、思わず笑みが溢れた。
うん。なんか刀剣になるっていう謎の事態に巻き込まれたけど、なんとかなりそうだなぁ。
そんな簡単に流していいことなのかわからないけど、今が楽しいし、いいんじゃないかな。

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bkm