「へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ」
そこまで言って、ふと頭を傾げる。
私の名前はそんな刀剣乱舞に出てくる社畜じゃないぞ。ちゃんとした名前があってだな……って、なんだっけ。自分の名前ど忘れするとか、中々に逝ってんな。自分の姿や仕事、周囲の人間関係とかはぼんやりと思い返せるんだけど。
目の前には平凡だが愛嬌のある少女がこちらを唖然とした様子で見つめている。その顔がじわじわと笑みに彩られていくのを見て、なんだか私はとても嬉しい気持ちになっていった。具体的に言うとこう、桜の花びらが舞うような。
ああ、若い女の子可愛いな〜ぐへへ。私なんて二十代ぎりぎりで彼氏なしだったからな。ハッ笑えよこの野郎! 因みに私は長曾根虎徹とか日本号とかいい感じに油が乗ってる包容力のある男性が好きです!!
「あ、あのっ。私がここの本丸の審神者です! へし切長谷部さんに会えて、とても嬉しいです!」
内心あらぶっていれば、純粋な花咲くような笑みを浮かべてくれる女の子に、胸がキュンと高鳴る。
審神者……なんか聞き覚えあるななんだったか。そう考えれば、そういえば私は審神者に呼ばれ、その人間を主として仕える刀剣男士であったことを思い出した。
ああ、主可愛い! めっちゃ可愛い! 髪の毛もふもふしてますね天然パーマですかもふもふさせてください!
邪な思いはしまい込み、こちらも全力で穏やかな笑みを浮かべて返事をする。当然猫かぶりである。こんな可愛い子にぐへへお姉ちゃんと仲良くしてねげへへとか言えないでしょうが! っていうかそういえば私お姉ちゃんなのかな!? ん! 胸がない! 下に違和感! お姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんか! 中身はお姉ちゃんっぽいけどね!
「はい。初めまして我が主。俺も主のような素敵な方に仕えることが出来るとは、嬉しいかぎ――」
「なぁにが初めまして、だ。この化け猫が」
「……何?」
誰だこの声。私と主ちゃんの逢瀬を邪魔する奴はただじゃ置かないあと誰が化け猫だ圧し切ってやる。
ぎっと視線をその声の主へと向けてやると、そいつはそこにいた。
主ちゃんの背後に控えていたらしいそいつの第一印象は、真っ黒だった。肩程の黒髪を後ろで適当に束ね、黒いつなぎを着ている。そして座り込んでいても分かる身体の大きさ。
「……日本、号?」
「そォだよ。てめぇ、俺より遅く来るとはどういう了見だ」
「に、日本号さん。そんなこと言ったって鍛刀は運だし、へし切長谷部さんを引き当てられなかったのは私の力不足ですし……!」
「んで? てめぇは自分の到着が遅かったのを嬢ちゃんの所為にするのかねぇ?」
「日本号さん……!」
低い声に挑発的な上から目線。
その感覚に、強烈な懐かしさを感じた。
――っていうか日本号じゃねぇかああああああああああああああ!!
え? ってことはここ本丸なの? 刀剣乱舞の世界なの? 私へし切長谷部なの? 夢じゃないの? 夢オチでしたわははーみたいな話じゃないんですか!? えっ!!??
頭の中は大混乱。それに乗じて日本号を見る目が険しくなるが、不可抗力である。
なんというか、日本号を見ていると、主ちゃんを見ている時みたいに、何処からか感情が湧き出てくる。
苛立ちとか気に喰わなさとか、負い目とか何かを思い出す悲しさとか。
いや、しかしそれよりも優先されるのが――日本号かっけぇえええええええええ!!!
うわあああああ生日本号だあああああああああああああ! かっこいい! ゴーグル! いかついネックレス!! 腰から下げてる酒瓶!! ネットの動画で見た通りじゃねぇか!!
何を隠そう。私の本丸には日本号はいなかった。知らない子ですね――嘘です出てないだけですこんちくしょう!! 状態だったのだ。だから動画サイトで音声を聞いて心を宥めつつ、必死で探し回る日々。
それが! 今! 目の前に!! いるとかぁああああ!!
「おい、聞いてんのか」
「あああああ、へし切長谷部さん、気にしないでくださいね! その、あれですっ。日本号さんは皆にこんな感じですから!」
「んなわけねぇだろ」
「ちょっと日本号さんは黙っててください!」
折角来てくれたのに還っちゃうじゃないかもしれないじゃないですか! なんて見当違いな心配の声を上げる主ちゃんを微笑ましく思いながら、目元に入った力を瞼を閉じることで緩和する。
ふぅ、落ち着け私。ここではしゃいだら亜種確定だ。主ちゃんのこの様子だと刀解はされないだろうが不審がられるかもしれない。ここは平静を保つのだ私。
あ、ちょっと日本号さんサインを――って違う違う。
「主。俺のことはどうぞ長谷部とお呼びください」
「あ、はい! よろしくお願いします長谷」
「おうよへし切」
「日本号さんんんん!」
可愛い主にぽかぽか叩かれる日本号。勿論全くダメージを与えられていないが、私から見ているともうこれなに天国なの? なんなの? という光景だ。
可愛い主ちゃんとかっちょいい日本号が戯れてる……ああ、写真にとって永久保存しておきたい。
あー最高だわーでもその年齢差は流石にお姉さんおこだよ? せめてあと五年待ちな? 主は高校生ぐらいかな? ああー癒されるぅーと内心言っていれば、訝し気な日本号の視線。おっとおっと、ちゃんとへし切長谷部っぽくしますかね。
「主をお待たせしてしまったこと。深くお詫び申し上げます。これからはどの刀よりも主にお尽くしいたしますので、末永く御傍に置いてくださいね」
不肖、へし切長谷部基よく事情が分からず憑依のような成り代わりのような状況に成ってしまった干からびた女ですが、よろしくお願いいたしますね!
主が元気よく返事をし、隣にいた日本号が何処か納得できなさそうな顔をしていたに少し、引っかかった。