- ナノ -

15,「……あれ」
えっ、これ、えっ? どういうことだこれ?
だって、え? 蜀ってなくなったんじゃねぇの? 呉もなくなって、そんで魏の天下になったんじゃないのか?
呉は、呉は分かる。孫権とかが生きていても、あそこは戦って死ぬよりも生きろという国だろうから。だが、蜀は違うだろう。最後まで魏と張り合って、どちらかが消えるまで戦いをやめない。そんなライバルのような、好敵手のような、そんな関係だったじゃないか。
なのに、なんで生きてるんだ? え? だって赤壁やったよね? 俺たち勝ったよね? え? え?

「な、なんで生きてるんだ?」

思わず出た言葉に、驚いた顔をしたのは夏侯淵だった。

「何言ってんだよ生江」

正気でも疑う様に聞いてくる夏侯淵に、こちらも正気を疑いたくなる。
だって、死んでるだろ普通。
俺の疑問に答えるように、劉備が苦笑いをしながら言う。

「夏侯淵殿の言う通り、生江殿がいなければ私は死んでいましたよ」
「だからってなんで生きてるってのはねぇだろ」

張飛が不機嫌そうな顔で言うが、そんなこと気にしていられない。
俺がいなければ死んでいた? 俺がいてもいなくても魏が中華統一したら死んでるだろ。
なんで俺がそこで関わってくるんだ。意味が分からん。

俺が呆然としていれば、関羽が二十センチほどしかない微妙に短い髭を撫でながら笑う。

「拙者も生江殿に“誓いとして髭を斬れ”と言われた際は驚きましたが、今では感謝しておりまする」
「はは、雲長の長い髭が短くなっていたのをはじめてみた時は驚いたぞ!」

えっ髭が短いのって俺のせいなの!?
っていうか、なんだよなんでこんなに和気藹々と話してるの?
だってここ魏領だよね? 敵だったよね? なんでこんなことになってるの。

夏侯淵から身体を離して、ずんずんと劉備の目の前に進み出る。
近づけば警戒もせずに俺をきょとんとした目で見てくる劉備の姿があって、その頭をガッと掴んだ。

「生江殿!?」
「身体がある。生きてる」
「生江殿は先ほどからどうされたのですか!?」

混乱している風な劉備の両頬をむいんと伸ばす。
意外と柔らかいそれに感動しつつ、生きていることを実感する。あったかいし、喋ってるし、触れるし。
どういうことだ? 魏が中華統一をして終わったIFなら普通劉備たちは生きていないはずだ。
張飛も関羽も死んで、蜀は理想に散っていったはずなのに。

「他の奴は?」
「え?」
「他の蜀のやつは生きてるのかって聞いてんのー!」

威嚇するように睨みつけてやれば、戸惑ったような顔になる。

「生きてるも何も、生江殿がそう進言してくれたではありませんか」
「俺?」

俺が? 俺が進言したって?
まさかと思って記憶をたどる。魏が統一するまで、必死になってやってきた。
だからか、記憶がかなり曖昧だ。ちょっと前まで平和になったまでの経緯とか全然思い出したことなかったし、考えた事も無かった。
記憶をたどってみれば、自分が殺してきた人人人。これが夢だったとしてもその感触は積極的に思い出すもんじゃない。
顔を歪めて頭を振れば、辿っていた記憶は面白いように掻き消える。だった夢だものな。

だがそれじゃあ真相にはたどり着けない。じっと劉備を見つめてみれば、なんとなく思いだされるものがあった。
殺せという劉備に、殺さないでくれと懇願する民、暴れる兵士、民の為に歩んできたという男。

――ならば、なぜ曹操の元では民の為にはならんと言う。なぜ未来を見ない。お前の作る世は、お前の理想の為の世ではないだろう。民の為の理想の世ではないのか。

「……あれ」

――ここで死ぬか? 理想に殉ずるか、馬鹿げた志だな。
――何を言うか!
――お前の理想は大徳の元でしか果たせないのというのなら、その大徳を連れて来てやろう。そうして見ろ、曹操の見せる世を、太平の世を。

――生きろ。生きて見ろ、この世を。

「俺、あれ……」

何かが可笑しい。
だって俺は魏の皆が大好きで、惇が矢を射られて、このままじゃ駄目だと思って。
夢なら良い夢を見ようと思って。だから頑張って皆が生きられるように体張って。
痛くてどうしようもなくてでも夢だし起きればそんなの何もなくなってるだろうし、でも人殺しも何回もやってく内になんか頭がぼおっとしてきて記憶が曖昧で。

知らない顔を殺すのはよかった。だってモブだし。
でも、見た顔を殺すのは。
だって、そいつらもみんな目指したものがあって、感情があって、性格があって。
見捨てられないって思って。

頭がぐるぐるする。俺、ほんと何したんだろう。

「なぁ、袁紹は? 陳宮は? 呂布は? 呉の奴らは?」
「落ち着かれよ生江殿。袁紹殿も陳宮殿も、呂布も呉の人々も生きているではありませぬか」

あ、あー……そういえば、なんか、やってた気がする。
袁紹を追い詰めて懇々と説教垂れて仲間に引きずり込んだり、裏切ろうとしてる陳宮捕まえて脅迫したり、要らないって言われた呂布を態々じゃあ俺が使うって言ってもらったり。

え? 俺、忘れただけで、なんか色々やってない?
なにこれ、こんなことしていいの? ってか、出来るの?
それで、みんな合わせて平和な中華で生きてるって? 何その夢物語。

「おい、生江そろそろ離してや……生江?」
「生江、殿?」
「お、おい? どうしちまったんだよ」
「生江殿……」

「……ぅ、うぅ」

四人の声が遠く聞こえる。
だって、だってみんな生きてるってなんだよそれ。そんなのゲームにもなかったじゃんか。
なんだよここエンパかよ。実は戦死も討死もありませんでした。なんて設定だったのかよ。

必死だったんだよ。魏の皆が死なないように。分からなかった、それぐらい頭がいっぱいだった。
その時にやんなくちゃいけないことをずっとやってきた。未来しか目に映らなくて、夢なのになんでこんなに大変なんだって泣きわめきそうになった。
殺さなくちゃ殺さなくちゃってずっと思ってた。なのになんだよこれ。

「ぅ、ぅうううー!」
「ちょ、おい生江!? おい、何やったんだよあんた!」
「わ、私は何も!?」

夏侯淵が俺のところにやってきて、俺の頭を擦り出す。
劉備が慌てて弁明して、何故か手を握って慰めてくる。
関羽が困惑した顔をしつつ背を撫でてきて、張飛がどうしたんだと言いながら肩を叩いてくる。

皆触れる。みんな生きてる。

「だ、だってよぉ、皆死んでるかとっ、思ってぇ」
「なんでだよ。お前がみんなの反対押し切って生かしたんだろーよ」
「我らが肩身の狭い思いをしている時に助けてくれたのも生江殿ではありませんか」
「覚えてねーよぉお!!」

わーんと声を上げて泣けば、更に困惑した表情になる四人を尻目に、思いっきり泣いた。

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bkm