- ナノ -

↑の続き
「嫌」
「嫌って……イヴ。無理言わないで」

子供をいなす親のように宥める。
その言葉はまさにイヴとギャリーの会話のようだが、何故か今回はイヴと私の会話だった。
美術館を回りに回って、遊ばれて弄ばれて、二人を連れてようやく帰りの道へやってきた。
とてつもなく大変だった。作品たちも私なら大丈夫だろう、とかよく分からない思考と、同じ年頃の子と遊べてよかったね! というさらによく分からない思考で私たちを怖がらせたり脅したり謎かけをしたりするのだ、かなり時間が掛かってしまって、疲れた。

二人とは色々なところを回った。行動を共にして、私は絵画という立場だが友情も深まった。二人はそういうことは気にしない質であった。
そうして、二人と一緒に居れる最後のとき。そこでの会話だった。

「だから、私は行けないのよ。分かってイヴ。だって私は絵画なのよ?」
「でも……メアリーは外に出たがってる」

痛いところを突かれた。
彼女らには、道の過程で私の部屋にも案内したのだ。
そこにあったのは、私がずっと持っていた外への憧れと描かれた絵画のガラスが砕けた名残。
大量の本――それは、全部外について書かれたものだった。
風景や過去のこと。ゲルテナが好きだった他の絵画など――全部、ここでは触れられない外の事。
まぁ……人格を持って、外を知っていれば、外への憧れが出来るのは仕方ないことだ。
私以外の作品たちはそんなことはないが、私は外への欲求があった。
それを二人は目撃して――そうして私がどうやっても外へ出られないと分かっている。

目の前の可愛い顔をして、断固として意志を曲げようとしない勇ましいイヴは私の手を握って離さない。
じゃあ、ここでお別れだね。と言葉を切り出したときに手を取られてそのままなのだ。
こういうとき、大人として子供を宥める役であるはずのギャリーは先ほどから私たちを見つめたまま黙ったままだ。
彼が何も言わないわけは分かっている。彼も私を外に出したいと思っているのだ。
お人よしの彼は、辛そうな顔をして私たち――主に私を見ている。

「ねぇ……本当に方法はないの?」
「ないわ。本当よ? だから、諦めてよ。イヴも、ギャリーも」

悲しいが、これが本当のことだ。
そう突き放したように言うと、イヴはあまり表情を変えない顔を悲しそうに歪めて何も言わずに私に抱きついた。
腰に回される手は強く締め付けていて、その気持ちの強さが窺える。
イヴに気をとられていると、ポン、と頭に手が置かれ髪を梳く様に撫でられる。
顔を上げてみれば、悲しそうな顔をしたギャリーがいた。
ウェーブの掛かった髪で表情の半分を隠しているのに、その悲しみは痛いほど感じられた。
二人がそんな表情をする理由は、とても分かる。

それはきっと、私が悲しい顔をしているから。
優しい二人は慰めてくれているのだ。
私だって、悲しい。外に出られないことがではない。二人と離れることがだ。
きっと、それは二人にも伝わっているのだろう。いくら言葉でイヴを宥めたって、それでは逆効果だ。
離れたくない。二人は、わたしのことをよく思ってくれた。話を聞いてくれて、友達になってくれた。
二人とも優しくて、絵画でしか無い私を人として扱ってくれた。
涙が溢れそうで、俯いて呟く。

「……でも、外に出ても私は絵画でしかないから」
「「……え?」」

ん?
顔を上げる。
視界には、二人が唖然として私を見つめる光景が映し出されていた。
それに私も悲しみから遠ざかって、困惑してしまう。何故そんな顔を?
疑問符を散らしていると、ギャリーが恐る恐る。という風に尋ねてきた。

「……外に出られるだけならできるの?」
「う、うん。でも外に出ても成長は出来ないし」
「触ったり出来るの!?」
「え、え? あ、う、うん。実体になれるよ。でも実際の人間とはちが――」
「それでいいじゃない!」
「そうだよ! 一緒に出よう!」
「え、え??」

ガシッと両肩を掴んでくるイヴの目が怖い。
え。え?どうしてどうなった?
二人の迫力と勢いに押され、ぽろぽろと喋っているが、これの何が二人をこんなに興奮させているのだろうか。
分からずに、しかし首を傾げる余裕もなく二人に詰め寄られる。
一緒に出ようとはどういうことなのだろうか。

「でも、外に出ても成長できないし……」
「出来る手段はないの!?」
「え、えと、絵画につけたしていったりしたら、見た目だけは――」
「一緒に学校! 一緒にお花屋さん! 一緒に暮らせる!」

更にイヴの目が怖くなる。なんというか、凄くギラギラしている。な、何を考えているの!?
慄いて後退したくなるが、肩を幼女とは思えない力で掴んできているのでどうにも出来ない。
どうすればいいの!? 正直怖くなってきたよあばば。
軽くなみだ目でいると、同じように興奮していたギャリーが足を床について、距離を詰めた。

「行くわよ」
「おー!」
「え、え!?」

え。この人顔怖いんですけど。真顔過ぎて。とギャリーの顔を目撃して思い浮かばせていれば、浮遊感を感じて一瞬のうちに視線が高くなる。
イコールそれは抱えられたということで、目の前にはイヴが目を煌かせ、希望いっぱい。という風に幼さを全開にして手を突き上げていた。
そんな顔も出来るんですねイヴさん。
ギャリーはそんなイヴに微笑んで、それから私に向き直って言った。

「さ。出るわよ」
「決定事項!?」

私とイヴを抱えたまま唯一現実世界へ帰れる道へ歩を進めていく。
それを確認して、ギャリーの目を見て、すぐに逸らして、イヴを見て、その破壊力抜群な可愛い満面の笑みを見て目を逸らし、やっと分かった。こいつら、本気だ。
どうしようと辺りに視線を投げかける。
ギャリーとイヴはもう駄目だ。何をどういっても私を外に連れ出す気である。
しかし、外に行ったとしてもどうするというのだ。成長できない私は異端児として恐れられ気味悪がられるだろうし、正常に外で生活できるとも思えない。それに成長する二人を見て切ない気持ちになって、去ってゆく二人を見て嘆くのごめんだ。
だというのに、二人はそんな未来が見えないかのように、ただ真剣に嬉しそうに外へ向かう。

外に、出れるのか?
いや、このまま流されれば確かに外には出られるだろう。
しかしそれでいいのか? そうすれば私が考えるような未来が待ち受けているだろう。

ただ――それでも輝かしい未来を想像してしまうのは、何故だろうか。

ふと、助けを求めて視線を彷徨わせていた私の視界に一つの作品が目に入る。

「……!」

それは紫色の服の女――私の一番の理解者だった。
彼女にもいつか話した事があった。私の外に付いての意見を。
彼女も分かってくれるだろう、そうして、今の私の危機的状況も。
期待を込めて彼女を見る。きっと彼女ならどうにかしてくれる! そんな希望を込めて。

……そういえば、彼女はなぜこんな場所にいるのだろう。
見送りにでも、来たみたいにタイミングよく。

彼女は私をその美しい顔で無表情に見つめ、そうして額縁の中から暖かな目線をくれた。
その視線の意味が分からずに視線を外さずにいると、彼女はその長い腕をスッとこちらへ伸ばし。

「(さ、サムズアップゥウウウ!)」

まるで、大会に優勝した同じ運動部の選手に対する厚い友情が篭った、そんなサムズアップをくれた。
頭が真っ白になる。困惑しているのに、さらにそこに意味不明なものが加わり、思考能力が失われる。

そうしてギャリーに抱えられ、イヴに笑みを向けられながら絵画を通るとき――私はサムズアップをして彼女と別れたのだった。


「……これからどうするの、私成長できないんだけど」
「じゃあアタシの家に居候でいいわよね! イヴの家はご両親がいるもの」
「むぅ……じゃあ遊びにいく、メアリーも遊びにきてね」
「え、あ、うん。それはいいんだけど、ちょっと」
「ああ、早くメアリーの絵を買い取らないとね! イヴと一緒に成長させてあげなくちゃ」
「一緒に大きくなろうね。きっとメアリー綺麗な大人になるよ」
「いや。え? で、でも私の絵は」
「きっと高いわよねぇー。ああ! 絵で成功しなくちゃいけない理由がまた増えたわ!」
「私の家、お金持ちだよ? 私おかあさんとおとうさんに言ってみる」
「いや、ちょ」

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bkm