- ナノ -

13,「……頭の可笑しなお方だ」

wwwなどの表現が使われています。

――――――

于禁はその日、張遼、楽進、李典と共に兵士の訓練をしていた。
様々な武器を持たせ、それぞれの適性を見極めていたのだ。
これからは数よりも質が必要になる。その為の選定であった。平和になった世であるが、必要な時に動けなければ意味がない。4人はそれぞれ平穏になった世を喜びながら日々仕事に打ち込んでいた。

「そぉい!」
「なっ」

と、そんな中で通る声が響き、于禁の焦った声が上がる。
珍しいそんな声に、何事かと残りの三人がその方面を見てみれば、兵士の目の前で足かっくんをされている于禁の姿があった。
しかも、その人物が問題であった。
目前で武器を振っていた兵器は目を見開いて、ろくに反応も出来ていない。
有り得ない光景を見てしまったように、それでも目を離せず于禁が倒れるさまを見ている。
常勝将軍ともあろう于禁が膝をついた瞬間、足かっくんをした人物が笑い転げた。

「ちょwww于禁wwwwマジwwwwダメじゃんこけちゃあwww」

指まで指す始末である。将軍に対して敬意の欠片もないどころか、遊び道具のような扱い。
それに、驚きに口をぽかんと開けていた兵士たちが冷や汗をかき、顔色を青く染めだす。
厳正なる将軍である于禁に、そのようなことをしでかしてただで済むはずがない。そう済むはずがないのだ。それを行ったのが“鬼”と喩えられる生江将軍であっても。

于禁が指をさしていた生江の腕をがしりと掴む。逃がさないとでも言うようなその動作に、兵士たちは息を飲む。そうして于禁は立ち上がり、しかと男を目に映した。

「生江殿、元に戻ったのですか!」
「ツッコミなしかよ! ボケたのに! 于禁だったらツッコミを入れてくれると信じていたのに!」
「す、すいません……ではなくっ、いつ治られたのですか!」
「ヤダなー治る治らないじゃなくて、俺はいつもの俺だろ? ドメスティックでハードボイルドでイカス生江様だろ?」
「相変わらず意味が解りませぬが、正常に戻られたようでよかった……!」
「もー于禁ちゃんは俺に出会えて感無量なのかい? フッ、これだからモテる男は辛いぜ」

これで倒れる兵士が続出した。
あの于禁が、法を第一に厳しい処分を下すあの于禁が、いつも眉間に皺を寄せ、周囲を睨みつけているかのような将軍が、足かっくんをしてきた男に対して敬い、そうしてその態度に喜んでいる。
開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。
そうしてそんな中、二人がまた乱入してくる。

「生江殿!」
「いつ戻ってたんですか!」

一人は笑みを浮かべ、一人は驚いた顔で駆けていく。
ただ笑みを浮かべた楽進は、そのまま突撃するように生江へ体当たりを繰り出した。
それを抱擁するように停止させ、生江は嬉しそうに笑った。

「楽進は相変わらず犬だな!」
「犬ではありません、人間です!」
「そうだったっけ!? 柴犬とかじゃなかったっけ!?」
「人です!」
「そうだっけ!!」
「そうです!!」
「「あはははははは!」」
「相変わらずだなぁアンタら……」

一人李典だけが溜息をつきながらもそう指摘するが、至極楽しそうに笑う二人に苦笑を浮かべている。
そうして一人だけが、その状況についていけていなかった。

「これは、一体」
「張遼、そうか。お前は“この生江殿”は初めてか」
「この、とは」
「聞いたことぐらいあるだろう。鬼ではなく“子供”の生江殿。元々の将軍だ」
「……これが」

楽進を抱き上げてそのままぐるぐると回転させ、まるで父のように楽進と遊ぶ生江は、そのまま楽進で李典にアタックし、地面に倒れさせていた。
そう、あれが于禁たちが知っている生江だった。
于禁は思い立ったように生江に声をかけた。

「生江殿! どうですか、久しぶりに兵士たちの稽古でも」
「おっ、素手から始める教育講座か! いいぜ、れっつぱーりぃー!」

いえーい! と両手を上げる生江を、張遼は呆然と見ていた。



「これから生江殿に稽古をつけてもらう。生江殿は武器を持っていない。お前たちが手にしている得物を奪い取って戦いだす。全員がやられた時点が終了だ」

有り得ない稽古のやり方に兵士たちが目を見合わせる。
確かに生江が強いことは周知の事実である。それは“鬼”と呼ばれていることからも確かであるし、これまでの功績を見てみれば一目瞭然だ。しかし、自分の身体にあった武器を持たずに何をしようというのか。
それは張遼も同じことを思っていた。だが、乱世の時代の生江の武器の数々を見てみると、戦のたびに変わっていっていた。
張遼は、自らの武器を持つ手の力を強めた。

「では、初め!」
「ひゃっはーーー!! 逃げる兵士は馬鹿な弱者だ、向かってくるのはよく訓練された弱者だあああああ!」

悪魔のような生江の叫び声と共に、兵士の悲鳴が響き渡った。


最後の一人が倒され、生江は清々しく笑っていた。
そうしてそれに于禁が頷き、楽進の目は輝き、李典は頭を掻いた。

「……生江殿」
「おっ、張遼じゃーん。いいガイゼル髭してるね? 特注?」
「がいぜるというのは分からぬが、一つ、手合わせを願いたい」
「おおー! いいね。じゃあ、一つ問題。ガイゼル髭に合う耳はなーんだ?」
「耳、ですか」
「ブー、時間切れ。正解は――――猫耳じゃあああああ!」

萌え!! そんなことを叫びながら再開された稽古は熾烈を極めた。
互いの武器が火花を散らし、頑強さに劣る生江の武器が破壊されたと思えば、落ちていた得物を拾い、反撃する。その顔に溢れているのは笑みだ。まるで遊んでいるかのようなそれに、これが“鬼”将軍かと信じられない気持ちだった。

「―――って、あ!!」
「ぬぅ!?」

生江が上空から叩き付けるように剣を打ち付け、それを両手の武器で防いだ瞬間、生江は声をあげ、次には得物から手を離していた。途端に軽くなる獲物に、驚く張遼を尻目に生江はそのまま跳ねるように張遼の頭上から背後へ着地した。

「生江ど、!?」
「ほれ、帽子! 次は猫耳生やして来いよ!」

いつの間にかとっていたのか、帽子を顔面に叩き付けられた張遼は、そのまま走り去っていく生江を見つめることしかできなかった。
そうして二人の稽古を黙って見ていた三人がそれぞれ口を出す。

「なんにも変わっちゃいねぇなぁ生江殿」
「はい、私はとても嬉しいです!」
「やはり平和があの方を元に戻したか」

その安堵や喜びが含まれるそれに、張遼は自分の帽子を被り直しながら言った。

「……頭の可笑しなお方だ」

ただ、口元には笑みを浮かべながら。

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