- ナノ -





「っていうことなんです……」
「あらあら、そんなことになってたのねぇ」
「軽く流さないで下さいよ。僕真剣なんですよ?」
「はいはい。ごめんなさいね。怖い顔すると折角のイケメンが台無しよ」

軽い調子で宥めるネイサンに、こちらも本当に怒っていないとはいえ、それでも落ち込んだ心が掬われる。
小さく笑えば あら、イケメン。と返された。

ネイサンをこちらのおごりで、と誘ったのはお昼を食べて満足し、暗かった気持ちが上向いたその一時間後。
その一時間の間に見たのは、虎徹さんが他のヒーロー(具体的に言うとアントニオさんだが)と仲良さ気に会話していたところである。
そのときの虎鉄さんは、私と居るときとは真逆で、アイパッチをしているときまでとは言わずとも、血色もよく、元気よく、楽しげに話を弾ませていた。
もちろん私とてジムを利用する一人として彼が他のヒーローと話しているところを目撃したことはあるが、そのときは何故かこちらを気にしていてあまり楽しげではなかった。
部外者の私が同じ空間にいると安心できないか。と落ち込んだのは記憶に新しいが、それでもここまではっきりとした違いを見せ付けられると、さすがに、さすがに。

「(落ち込まない方がどうかしてるだろぉおおおお!)……どうしたらいいんですかね?」
「それは、酷いわね……」

ああ、やっぱり他の人から見ても虎鉄さんの対応は度を越えているんですね。
それはやはり私に対して良い感情を持っていないということで、私はやはり避けられているということで。

「バディ、解消した方がいいですかね」
「ちょっ! なんでそういうことになるのよ! 確かに虎鉄の対応に辟易するのは分か――」
「違います。ただ、虎鉄さんにとって、僕とのタッグは会社側の強制的なものだったというのは知っています。
 虎鉄さんが嫌で会社の意向のために僕と一緒にヒーローをしているのなら、僕から会社側に進言してバディを解消しないと虎鉄さんに悪いですから」
「……あんたねぇ……いいえ、あっちが悪いわね」

確かに突拍子もないことかもしれない。折角ヒーローとして活躍することが出来たのに、その手助けをしてくれた虎鉄さんとのバディを解消なんて。
しかし言ってしまえばそれは会社側の策略で、彼の意思は入っていない。彼が嫌がるならやめるべきだろう。
バディを解消すれば、同じヒーローと言えど会う機会は極端に減る。それが彼の平穏に繋がるのなら、そうした方がいいはずだ。

血涙が出るほどに悲しいし悔しいが。

「……虎鉄には私から言っておくわ」
「……ありがとうございます。僕からは言いづらくて」
「分かったわ。でも私が言うまでちゃんと待ってるのよ」
「はい。分かりました」

仕方が無い。とでもいいたそうなネイサンの顔を見て、少し安心する。
彼との別れがこんな形になるとは思っていなかったけれど、嫌われているなら身を引くに限る。
これ以上嫌われたら私の心臓が持たないし、ショックを受けるのも、彼の怯えた顔を見るのも散々だ。
だからこれでいいのだ。

……そう思いたい。


「よし、バニーちゃん行くぞ!」
「待ってくださいよ虎鉄さん!」

今日も今日とて暴走する虎鉄さんに叫びつつ、その後を付いていく。
こうやって張り切るときは、大体失敗するんだからな。虎鉄さん。
そんな正義の壊し屋なところも好きなのだが、それでも少し抑えてほしいと思うのはフォロー役の自分がいなくなることが分かっているからか。

「うおっ!?」
「だから言ったのに……」

失敗をかましてビルの下に真ッさかさまに落ちそうになる虎鉄さんを捕まえる。
別に落ちたって彼のハンドレッドパワーなら死んだりすることはないし、逆にその勢いで犯人さえぶっ壊してしまいそうだが、一応は二人一組で行動しているのだ。あまり一人で暴走しないでほしい。
ため息をつくと、彼はアイパッチ越しに、す、すまん。と申し訳なさそうに謝ってくる。

それにふと疎外感を抱きながらも、気にしてませんよ。と返した。

「あー……にしても今日も今日とて、バニーちゃんはカッコいいな!」
「なんですかそれ。いいから行きますよ虎鉄さん。他のヒーローに抜かれますよ」
「はいはい」

うまいとはいえないお世辞を言って場を誤魔化す彼に、ついつっけんどんな態度になってしまうのは私が子供だからだろうか。
こうしてアイパッチをつけると性格が変わる虎鉄さんだが、この状態でも私に対して壁があるような言動をする。
さっきだってそうだ。別にあんなに申し訳なさそうにしなくたっていいし、普通の彼なら笑って済ませているものをああして距離を開けている。
それにお世辞も、出会ったその日からまったく変わっていない。

極力目を合わせないようにする彼に、心が痛むのを感じながら二人が揃う最後の空を飛ぶ。


※※※※※


ロイズさんが使用している一室を目で追って、逸らす。
書類の都合で近場を通りかかった。そうして頭を占めたのは、バディ解散のこと。
ネイサンには報告を待て。と釘を刺されたが、どうせ結果は同じなのだ――だったらさっさと終わらせてしまいたいという誘惑に駆られる。

いやいや、何を弱気になっているのか。もしかしたら、そう、もしかしたらネイサンが説得してくれて虎鉄さんと仲良くなれるというご都合主義な展開が待っているかもしれないじゃないか。

そう妄想してみても、やはりどこまでも妄想と分かっているので、ため息が禁じえない。
私の幸せはここ数日でいくつ失われたのだろうか。
そんな縮む私の背中に掛かる一つの声。

「おや、バーナビー君じゃないか」
「ロイズさん。こんにちは」
「ああ、こんにちは。どうしんたんだいこんなところで、しかも私の部屋なんか見つめて。なにか私に用かい?」

用は、あるにはあるんですけど。
そんな言葉を飲み込んで、曖昧に微笑む。それをどう思ったのかロイズさんは心配げに眉を寄せた。

彼は私をヒーローとして雇ってくれたプロデューサーだが、見た目とは違いとても良い人だった。
マーベリックという保養者をなくした私にアパートなどを紹介してくれ、こうしてビジネス面でも協力してもらっている。
それにこうして普段の生活でも気にかけてくれて、ほぼお父さん状態である。
そう思っているのが私だけなら悲しいが、彼がこちらを見るときの目が柔和であることを鵜呑みにして、今後とも信じさせてもらおう。

「いいえ、ちょっと――」

ちょっと。ちょっと?
そこまで言って閉口した。
ちょっと見ていただけです。そういえば良いのに、口が開かない。
そう、用事はあるのだ。バディ解散という真面目な話が。
前述したように私には何故か甘いロイズさんだから、私が解散をしたい、でも虎鉄さんにヒーローを続けてもらいたい。といったら、多分了解してもらえると思う。

ネイサンは待てといった。しかし、待つのも辛いものがある。
なんたって、虎鉄さんの態度に耐えられなかった私だ、ここで誘惑に負けてしまいそうになるもの道理。
だって、結局結果は同じなのだ。
好きな人に嫌われて、それどころか怯えられて、性格は違うと思ったけれど、それでもその生き様や精神は尊敬する人そのもので。
そんな彼が私は凄く気に入っていて、一緒に仕事が出来て嬉しかった。

だからこそ。

「ロイズさん、実は――」

彼が笑っているところをすぐ脇で見られなくとも、遠くから見ていたい。
ご飯、三杯はいけます。