- ナノ -





私に前世の記憶が蘇ってきたのは5歳のころだった。
家が焼け、両親が死に、記憶がいじくられたとき。
きっとその時に、消えていたはずの記憶が蘇ったのだろうと思う。

両親を殺したマーベリック、彼に復讐を誓いつつ、しかし記憶がはっきりしないただの子供のように振舞うのがどんなに辛かったことか。
しかもマーベリックのやつ普通に笑みを向けてきたり、世話を焼いてきたりするから鳥肌ものだった。もうその場でぶん殴りたいといつも思っていた。

だが、数年間待ち、彼に近しい立場という点から抜かっていた場所を探りだし、彼の弱みと真実を握り、破滅に追い込んだのはつい最近。
そうして私が自身のNEXTをヒーローとして使用しようと決意したのも丁度そのときだった。
なんというか、自分が精神的にダメージを負うと、そういう子供や怪我人を増やしたくないと思うようだ。昔はこんなことなかったのになぁ。あと、蛇足だが普通にヒーロー達に会いたかった。あれ、本当に蛇足だったな。

だから、私は自身を売り出しヒーロー契約を果たした。


期待のイケメン新人――バーナビー・ブルックスjrとして。

だったのだが――

「はじめまして、鏑木さん」
「あ、あぁ……よ、よろしくおねがいしま、す」

……あれ?
なんてこのおじさんはこんな身体を隠すようなやぼったい服に、長い前髪、眼元を隠すような黒ブチ眼鏡をかけているんだろう。
もしやこれ……地味虎?




「あの、鏑木さ――」
「鏑木さん。ちょっと相談したいことが――」
「ちょ――」


「……え、えー……」

ここ最近避けられている気がする。いいや、違う――最初から、徹底的に彼に避けられている気がする。

「(地味虎に……!)」

同じ能力ということで本編同様バディとして組むことが決定した私達。
片や人気の落ちた中年ヒーロー、片や期待の新人イケメン野郎。
しかし私は原作バーナビーのような境遇でもないし、生き急ぎすぎていて周りが見えないわけでもない。
なので虎鉄さんとの接触も悪印象を植え付けるものをした覚えはない。

だというのに。

「あ、あの……」
「(話しかけてきてくれた!)はい。なんですか?」
「っ、な、なんでもない……」
「(ま・た・こ・れ・か……)そうですか」
「ご、ごめん、」

しゅん。と項垂れて、顔色も若干悪くしながら顔を俯かせてしまう虎鉄さん。
その姿は小動物を連想させ可愛らしくもあるが、小動物を苛めて楽しがる性癖があるわけでもない私にとってはかなりのダメージだ。

もう、分かり易過ぎるほどに、彼は私に怯えている。
今だって何か用事があったのだろう。なのに彼は最後まで伝えられずに自分の机に戻ってしまった。
しかもこちらが視線を投げ続けても、びくびくとしたまま頑なにパソコンの画面をジッと見つめている。

他のヒーローたちとは仲良くなれた。
昔から磨いた対人スキルを遺憾なく発揮し、笑顔を振りまき会話を引き出し、信用も得られたと思う。
記憶を思い出した直後は精神的ダメージにより今の地味虎さんのような感じだったが、それも復讐のために切磋琢磨したために克服し、こうして華々しいイケメンライフを送れている。
しかし、その対人スキルは彼の前では呆気なく粉砕されていた。

笑いかけても駄目。食事に誘ってみても駄目。褒めてみても駄目。最終手段でちょっとツンを出してみたら泣かれそうになる始末。
……こっちが泣きたいよ虎鉄さん。

自信を持っていたはずの対人スキルがまったく役に立たずに落胆する。
一番信頼関係を築かなければならない相手が、一番遠くにいるなんて、なんて皮肉だろう。

頭を整理して、彼に嫌われる原因を探ってみる。
一応思い当たるのは、自分のデビュー時のお姫様抱っこ。完璧に原作と同じシナリオに一人微笑んでいたのが悪かったか。
それとも腕の中にある中年男性に 大丈夫ですか?お姫様。とかふざけて言ったせいか? いや、あれはただのギャグで、こいつおもしれぇな。とか、そういう風に思ってもらいたかっただけで……。って思いっきりこれが原因じゃねぇの?うわー。

「……はぁ」

思わず吐いたため息に、隣の虎鉄さんがビクリと肩を揺らしたのが分かった。
その怯え具合に隣にいるのも憚られて、丁度お昼になった時計を確認して、財布を持って席を立った。

出来るだけ虎鉄さんを見ないようにしながら、部屋を出る。
思い浮かぶのは笑みを湛える虎鉄さんで、確かにあの時、彼は私に笑顔を向けてくれたはずなのに。

『お前、カッコいいな』

お姫様抱っこされながらも、そうやって照れくさそうに微笑む虎鉄さんが、はやくみたいと思う。