- ナノ -





「ロイズさん、実は――」
「バーナビー!」

え。
耳を貫くような、勇ましい声に思考が全て持っていかれる。
そうしてロイズさんと共に視線を向けた先には、アイパッチをして、ジムのジャージ姿でこちらに走ってくる虎鉄さん。
息が切れていて、かなり激しい運動をしたということが手に取るように分かった。

そして彼の尋常ではないようす――必死な顔をしていた――を見て、ロイズさんを見やる。

「ロイズさん」
「あれは――あ、ああ。なんだいバーナビー君」
「すいません。ここに来た理由は貴方の姿を一目見たかったからです。
 では、僕は用事があるのでこれで」

虎鉄さんに気をとられながらも、きちんと返答してくれたロイズさんに適当な理由を言ってその場を離れる。
別れ際のロイズさんの表情が、ポカーンとしていたけれど、今はそれどころではない。

こちらに走ってくる虎鉄さんの元へ歩いていく。
私の名前を呼んだのだ。さすがに、用事がないわけではない。はずだ。

アイパッチをした彼は息も絶え絶えになりながら膝に手を置いた。
きちんと私の目の前で。
なんだか、その様子がジムへ行く前の虎鉄さんの様子とはまったく違うと思った。

「ば、ば、ばば、バーナビー!」
「(うぉう!?)はい」

バッと顔を勢いよくあげ、背筋を伸ばす。
いつもは猫背の彼は、こうして猫背を治すと元の身長になって同じぐらいになるので、少々心臓に悪い。良い意味で。
いつも長い前髪と眼鏡で覆われており見えない端整な顔は、風によってオールバックになったのか完全に確認できる。
ヒーロースーツのときのような格好で現れた彼に胸が苦しくなりながら(良い意味で)も、出来るだけ平常心で答えた。

彼はそれに言葉を詰らせたような顔を見せ、何処か不安げに揺れる瞳をこちらに向けてきた。
それを見て悟った。きっと、彼はネイサンから事の事情を聞いたのだろう、と。
本人から直接聞く気はなかったが、ネイサンが気を利かせてくれたのだろうか。それでも本人の口から伝えられると、かなり来るのでネイサンの口から聞きたかったと思うのは少々虫が良すぎるだろうか。

ゆっくりと顔に刻まれていくのが自嘲の笑みになる。
先ほどまでは虎鉄さんに話しかけれて嬉しがっていたのに、このザマである。

それを見て何を思ったのか、虎鉄さんはその瞳を――瞳を?

「こ、虎鉄さん……?(あ、えっ!? な、なんで泣きそうなの……!?)」
「ば、バーナビー、俺」

瞳を潤ませながら何かを必死で訴えようとする彼と、その様子にたじたじの私。
こ、このおじさんは私をどうにかしたいのか!? 動揺しっぱなしなんですけど!

しかし、それでも口を挟まないで耐える。
だって、もしかしたらこの虎鉄さんの言葉が今後のバディについて左右のするかもしれないのだ。
出来れば、曖昧な言葉で誤魔化さないでほしい。はっきりと、嫌なら嫌といってほしい。
本当のことを、言ってほしい。

ジッと待っていると、涙を湛えた瞳がこちらを捉えた。
ちゃんと、逸らされずに。

「お、俺。バニーちゃんのバディでいたい……!」
「っ!」

目を潤ませながら、身長が少し低いために上目遣いで必死に離れたくないと伝える中年男性。

MO・E・TA!!!


「――はい。」

全身が沸騰し、蒸気が上がるのを自覚する。
しかしそれはきっと他人の目からは映らないだろう。勿論目の前の虎鉄さんにだって。
でも、きっとこの手が熱くなっているのは伝わるはず。
ねぇ、知っていますか。貴方、凄く人を惹く容姿をしているんですよ? 性格だって正義漢だし、でも引っ込み思案だし。それってとんでもない萌え要素なんですよ?

ほら、そんな貴方に捕らえられた哀れな被害者がここに一人――。
もう駄目だ。今まで私は優しすぎたのかもしれない。
虎鉄さんが笑ってくれるなら? ふふ、冗談も甚だしい。
いくら一ヶ月ほど意思疎通が出来なかったぐらいで、何を弱音を吐いていたのやら。

こんな、こんな可愛らしいおじさんを、手放せるわけがなかったのだ。

顔に手を伸ばし、そっとアイパッチをとる。
すると、そこには眼鏡をかけていない虎鉄さんの姿。
見慣れないともいえるその顔に、笑いかける。
アイパッチを外した反動か、涙がポロリと零れ落ち。そうして次から次へと流れ出ていった。
それを受け止めるように伸ばした指で掬って、微笑みかける。

「私も、貴方のバディでいたいです」

そう言えば涙が流れるだけだった顔が一気に赤くのぼせていって、数秒後、虎鉄さんがその場に倒れ込んだ。