- ナノ -





「あんた。いい加減にしなさい」
「へ」

そうネイサンに険しい顔で告げられたのが少し前。
ジムから皆が見ている前で連れ去られ、そうしてロッカールームで説教を受けること数十分。

「そ、それって、ば、バニーちゃ――」
「いいから、いってきなさい!」

背中を叩かれ、それでも足踏みする俺にアイパッチを強制的につけて送り出す。
あえて大声を出すネイサンの声は猶予がないことを暗に伝えているようで、慌ててその場から駆け出した。

ネイサンから聞いた話は、俺にとってかなり衝撃的だった。
バニーちゃんは完璧で、何でも出来る二枚目。それが彼に対する印象だった。
でも、実際は違う。というかそんな人間はこの世に存在しない。
そう見えるのはそう周りから見られるように努力しているだけで、きっと一皮剥けば本人の本当の姿が見えてくる。
そんなの分かっていたはずなのに、俺はバニーちゃんを美化しすぎていた。

バニーちゃんは悩んでいた。俺が、曖昧な態度を取って、怯えたようなことをするから、それが彼に勘違いさせていたらしい。
自分のことを嫌っているとか、怖がっている、とか。
そんなんじゃなかった。そりゃあ、知らない人は怖いけれど、バニーちゃんはもう赤の他人ではなくて、大切で、綺麗でカッコよくて――何がなんでも馬鹿にされたくない、されるはずもないたった一人のバディだ。
それなのに、俺は勘違いされる行動ばっかりとって、うまく反応できなくて変に意識してアイパッチしているときでさえ壁を作って。

バニーちゃんがいるところは分かっている。確か資料作成をするからといって、事務室かコピー室にいるはずだった。
虎鉄さんの分もやっておきます。 そういったバニーちゃんの提案に、一緒にやりたいと言いたかったが言い出せずに、ここまできてしまった。きっとネイサンと俺との話を聞きたくなかったんだ。

こんな自分が不甲斐無さ過ぎて涙が出てくる。
眼鏡に隠されていない視界は広くて、ぼやけても風によってすぐ乾いた。
そうだ。今の俺はワイルドタイガー。泣くなんて駄目だ。

ちゃんと、バーナビーと話さないと。





ロイズさんと話しているバニーちゃんを見つけて、冷や汗が出る。
バニーちゃんは何か考え込んでいるような、暗い顔をして、そうして顔を上げた。
そこには何か決心したような、それでいて苦汁の決断をしたような表情が浮かび上がっていた。

「ロイズさん、実は――」
「バーナビー!」

バニーちゃんが驚愕の表情でこちらを見る。
でも驚いたのはこちらも同じだった。自分でもこんなに馬鹿でかい声が出るとは思っていなかった。
目を丸くして、本当にウサギのような顔をしたバニーちゃんは、しかしすぐにロイズさんの方に向き直ってしまった。

拒否されたのかと足が緩むと、途端と力がなくなってゆく。
そういえばここまで来るまで一回も休んでいないな。そう思いながら、でも足は止めない。
止めてはならないのだ。本当の気持ちを、本心を彼に伝えるまで。

ロイズさんの耳が赤いのがこちらから見える。
そのロイズさんを置いて、バニーちゃんがこちらへ歩いてきた。
目の前に来たバニーちゃんに、こちらも足を止める。肩で息をしながら、伝えなくちゃ伝えなくちゃと気だけが焦る。

「ば、ば、ばば、バーナビー!」
「はい」

とりあえず名前を呼べば、バニーちゃんはいつもどおり冷静に返してくれる。
でもその声はいつもの優しげな柔らかさはなくて、どこか硬いものだった。

それにズキリと心が痛む。
ネイサンの話を聞く限り、その原因は自分にあるのだ。
こんなちっぽけな存在の己が彼を苦しめているのだと思うと、申し訳なさでいっぱいになる。
でも、背筋を伸ばしてバニーちゃんを見つめれば、驚くほどの至近距離に彼がいた。
いつも背を曲げているので、元からある身長差が更にあいていたらしい。本当は、こんな目線で彼を見ることができるのか。

思わず見つめていると、彼の顔がゆっくりと歪んだ。
初見では気付かないような、小さな違和感。
でもそれは、俺と話すときにバニーちゃんがよくする動作で、目には悲しみが宿っていた。

駄目だ。
駄目なんだ。それじゃあ。
バニーちゃんを苦しめたくない。こんなちっぽけな俺で苦しんでほしくない。
できれば、ずっと、辛い目になんて会わないでほしい。

風に吹かれて乾いたはずの涙がまた溢れてくるのを感じた。
なんでだ、俺は、ワイルドタイガーなのに。
その姿に驚いたのか、とても心配げなバニーちゃんの声が耳に入ってきた。
言わなくちゃ、ちゃんと誤解がないように。

「ば、バーナビー、俺」

バニーちゃんが何も言わずに待っていてくれている。
滲む視界でバニーちゃんを見つめる。

やっぱりカッコよくて、綺麗で、完璧だった。
でも本当はそんなことなくて、俺との仲を悩んでくれて。
俺の大切な――大好きなバディ。

「お、俺。バニーちゃんのバディでいたい……!」

思えば言葉は自然と口から出ていた。
紛れもない本心だった。初めて出会ったとき以来、しかしそのときと同じように、すんなりと出てきた言葉だった。

「……はい。」

優しげな音を震わせて、バニーちゃんの声が聞こえた。
そうして、視界の端にバニーちゃんの手が映り、あっという間にアイパッチを取られてしまっていた。
アイパッチがなければ、俺はちゃんとバニーちゃんと話せない!
取り返そうとしたけれど、バニーちゃんの表情を見て、そんな気も霧散して消えてしまった。

バニーちゃんは、凄く幸せそうに目を細めて、やっぱり慈愛に満ち溢れたような瞳で、こちらを見ていた。
その表情が、綺麗で綺麗で仕方なくて、まるで天使のようで、溢れた涙が零れた。
それをバニーちゃんは甲斐甲斐しく全て掬っていく。
触れる手が妙に熱くて、鼓動が早まる。

「私も、貴方のバディでいたいです」

誘うような口ぶりで言われた言葉はまるでプロポーズのようで、一気に頭がのぼせた。
俺も、俺もずっとバニーちゃんのパートナーでいたい。
そんな言葉は熱暴走する思考の中に飲み込まれ、俺はそのまま倒れ込んだ。


そんな一部始終を見ていたとある社長ととあるオカマが肩をくすめていたりいなかったりしたそうだ。