- ナノ -





見た瞬間から、一目惚れだった気がする。
突然、まるで流れ星のように現れたソイツは、赤いヒーロースーツを装着していて、耳をウサギのように尖らせていた。
間抜けにも能力が切れて氷解に突き刺さりそうになった俺を助けてくれたソイツは、お姫様抱っこなんて恥ずかしい芸当をして俺に言った。

『大丈夫ですか。お姫様』

馬鹿にしているととられても可笑しくない言動だったけれど、バーナビーと名乗ったそいつの親しげな姿勢や柔らかな口調がそれを払拭していて、寧ろ十年来の友人のような感覚がした。
だから、その言動だって冗談ととればよかったはずなのに、仮面の奥から出てきた甘いマスクと本当に、親しみどころか慈愛まで篭っていそうな目線に打ち抜かれてしまった。

相手は男でしかも自分との新たなコンビ。
それでもそいつといられるのが嬉しくて、一人ではしゃいでいた。
でも、同じ空間にいるというのに彼とのコミュニケーションはうまく行かなくて、やはり俺なんかでは駄目なのだと痛感した。

ヒーローのとき、アイパッチをつければいくらかは軽減されるが、それでも俺は怖がりだった。
人との接触や新しいものが駄目で、手を引いてしまう。
他のヒーローたちとは長い付き合いなので仲良くはなれたが、バーナビーとだけは距離が一向に縮められなかった。

「あ、あの……」
「はい。なんですか?」
「っ、な、なんでもない……」
「そうですか」
「ご、ごめん、」

今日も、駄目だった。
同じ仕事場にずっといて、いつでも話すチャンスがあるというのに、この繰り返し。
バーナビーは――バニーちゃんは良い奴だ。
勇気を振り絞っていったとしても、小さな小声になってしまう俺の声を聞き取って視線を送ってくれるし、綺麗な笑みをもくれる。
きっと、人との関わりになれているのだと思う。俺よりひと回りも2回りも年下なのに、凄い立派だと思う。
でも、その笑みを向けられてしまうと、俺はもうおなかいっぱいで、頭がぐるぐるとしてしまうのでどうしようもなくなって会話をきってしまう。
申し訳程度に謝罪をして視線から逃れるように下を向く。
眼鏡に遮られていても無理だ。バニーちゃんの笑顔の輝きはガラスを通して目を焼く。
心臓の鼓動が煩くて、でもバニーちゃんからの視線も気になって、やっぱりその後も話しかけられずに終わった。

おいしそうなレストランを見かけたから、一緒に行こうって誘うだけなのに。



アイパッチをつけると何もかもが違く見える。
実際は同じだとは思うけれど、眼鏡をかけるより外れる心配も無いこの仮面は俺の本性を隠して勇気をくれる。
開放的な気分で空を翔る。犯人を追いかけている最中だが、普段の反動か調子に乗ることが多々あった。

「よし、バニーちゃん行くぞ!」
「待ってくださいよ虎鉄さん!」

いつもは引っ張られたり催促される立場だが、こういうときは慎重なバニーちゃんと対照的な俺はどんどんと先に言ってしまう。
バニーちゃんが言っていることも事実だとは思うが、それよりも目先のことが気になってしまって、ほとんどアドバイスも聞かずに突っ走っていることが多い。
そうすると、やはり特有のうっかりが出てくる。

「(足場がっ、)うおっ!?」
「だから言ったのに……」

ギャグのように一歩踏み出した先がない、というお約束の展開にそのまま重力に従った落ちそうになる。
その寸前で肩を引っ張られ、危機一髪で助けられた。
また、バニーちゃんに助けられた。
視線を向けてみると、当たり前だがこちらに視線を向けるバニーちゃんと目があって、アイパッチで抑えられているはずのものが沸々と浮かび上がってきた。

「す、すまん……」
「気にしてませんよ」

思わず口から出てきたのはお礼の言葉ではなく謝罪の言葉。
それはいつも俺が眼鏡越しに視線を合わせずにバニーちゃんに言っていることで、いつも後悔していることだった。
謝っても、感謝の気持ちは伝わらない。それどころか、きっとある意味で気分を害してしまう。
分かっているのに、口から出てくるのは弱弱しい言葉で、それに自分自身で落胆する。

何かないか。と探して、お決まりの台詞が出てくる。
最初に出会ったときに、本心でバニーちゃんに言えた言葉。俺の唯一伝えられる本音。

「あー……にしても今日も今日とて、バニーちゃんはカッコいいな!」

目の前の若者から見れば、おっさんの苦し紛れに思えただろうけれど、苦し紛れでもそれは本心だった。
伝わらない。伝える術が分からない。
それでも、心の底から思っていることだった。

彼は、素っ気無く答えて仕事に戻る。
バニーちゃんに告げられる自分の名前だけが、彼との絆を表しているようだった。