- ナノ -

06

変化は一瞬で、まるで夢のようだった。その瞬間がというものあるが、この三ヶ月間が。
別になった個体のことも一応記憶が残るらしい。とは言っても、夢の中のような曖昧な物ではあるが。それでも楽しかったんだろうなぁと分かる思い出に少しだけ苦笑いが零れた。

「エンデヴァーさん」
「ああ、戻ったな」
「その、すみませんでした」
「謝るな。何も考えていなかったわけではないんだろう」
「いや……何も考えてなかったです」

看護師もいなくなり、二人で病院の廊下を歩きながらの会話で素直なのかそうでないのか分からないホークスの懺悔を聞きながらこの三ヶ月を振り返る。
なんともまぁ、滅多にない体験をした物だ。といってもこの人生がそうだと言えばその通りなのだが。一度死んだと思ったら身体は男、世界は別、勝手知ったるキャラクターだものな。その割には器用に人生を歩めている気は全くしていないけれど。

「まぁ、迷惑をかけたな」
「え、迷惑?」
「子供の俺を世話していただろう」
「いや、俺は……閉じ込めてただけなんで……」

まるで自白でもするように呟くホークスになんだかいたたまれない気持ちになる。なんていったって、生江の方は三ヶ月間の生活を思い切り楽しんでいたのだから。あんなに小説やゲームをやりこんだのは前世以来だった。正直、ずっとあそこにいていいと思ったのは本当のことだった。まぁ、許されるわけも、自身が許すわけもないのだが。けれど、あの時間はそれを許容することが可能だった。なにせ個性で二つに分かれていたのだから。片方はちゃんとヒーローとして動いていたわけであるし。

「……悪くない時間だった」
「……」
「久々の休暇を味わった気分だ」
「なんですか、それ」
「む」

一応慰めてるんだが。なにやら落ち込んでいるらしいし。
確かに報告も連絡もせずに個性事故で分離した私を匿っていたのはよくなかったかもしれないが、結果的に悪いことには成らなかった。聞くに、私は本当に死にかけていたらしいし、そういった面でも保護しておいた方がいいという結論に至ったのだろう。死ななくて良かったけど。
それに閉じ込めることもあの状況下で間違っていたとは思わない。逆に下手に外に出して生江が死んでもしたら今胸の中にある感情や感覚は消え去っていたかも知れないのだ。何やら私情もあったように感じられたが、それはそれこれはこれ。結果良ければ全てよし。
正直、原作を知っているからホークスが私、というよりエンデヴァーに入れ込んでいるのは知っていたけど、ここまでとは思っていなかった。もっとへらへらするもんかと思ったけど。彼もまだ若い青年というわけだ。むしろそれを考えるのならばほぼ放置していた私の方が悪人である。

「悪いと思っているなら、そうだな……今度何かを奢れ」
「何かってなんですか……」
「何でもいい。お前が選べ」

焼き鳥か、それとも高級和食店か。ヒーロー業なのだから金に困っていることもないだろう。破壊したドア代は送ってあるしな。
病院から出て直接降り注いできた太陽の光に目を細めれば、ホークスが何かを手渡してくる。

「なんだ……チケットか?」
「……俺のおすすめの映画です。一緒にどうですか」

映画? 私が? ホークスと?
色々と言いたいことはあったが、そのチケットの内容を見て吹っ飛んだ。
これは――私が三ヶ月の間にやっていたゲームの映画化じゃないか。どちらかというとギャグよりでファンタジックでハッピーエンドが似合うゲーム。
伺うように――というより、むしろ睨むような視線を向けてくるホークスに、黙ってそれを受け取った。

「楽しみだ」
「ッ、嘘じゃないですよね」
「本気だ。俺の趣味を分かっているな」
「ッッ、見聞が広いもので……!」

素直に笑みを浮かべれば、ホークスが絞り出すようにそういった。
ほら、やっぱり間違えないじゃないか。
戻る HOME 進む