- ナノ -

03

目を覚ましたとき、眼前に映ったのはオールマイトだった。
彼はこっちが引くほど喜び、泣いてさえいた。何をそんなに喜んでいるのかと思っていれば、どうやら自分は戦いの後、およそ二ヶ月近く目覚めなかったらしい。どうりで身体が全く動かないわけである。
色々とオールマイトから事情を聞き、原作でも猛威を振るっていた巨悪が逮捕されたこと、たくさんの負傷者はいるものの死傷者はいないことを知った。
自分の身体は左腕がなくなり、内臓にも酷くダメージを受けていたらしい。そうはいいつつ、個性による治癒と二ヶ月の時間で左腕以外はどうにかなったとのことだった。
自身の身体については欠損が残ったが、オールマイトもトゥルーホームの姿が以前より細身になったように思えるが、原作ほどの憔悴は見られない。
原作知識を生かしてここまでやってきた甲斐があったというものだ。

「本当に目が覚めて良かった」
「ああ、しかしお前は仕事はどうした」
「こんな時にも仕事って……まぁ、ちょっとお休みもらってたんだ。いきなり身体を動かすのもって止められたりしててね。君のお見舞いにも来たかったし」
「丁度そのときに俺が目を覚ましたということか」
「そう、みたいなそうじゃないみたいな」
「どういうことだ?」
「君によく似た少年に出会ってね。それで、君がそろそろ目が覚めるんじゃないかって」
「……まだ入院していたほうがいいんじゃないか?」
「酷い!」

酷いと言われてもな。私と似た少年に言われたから病院にやってきたということではないか。それとも何かの個性持ちだったのか。そうは思ったものの、そこではそれ以上の話には発展しなかった。
現状をオールマイトから確認し、事務所や警察からも情報を集める。
二ヶ月というブランクは長い。世間では私の死亡説まで出ているらしく、それを必死で事務所や警察が否定していたそうだ。事務所のSKたちには特に迷惑をかけてしまった。電話越しに謝罪の言葉を贈れば、それよりも目を覚ましくれて嬉しいという言葉をもらってしまった。

筋力が衰えてしまった身体のリハビリを行い、更に一ヶ月後に現場に復帰することができた。合計で三ヶ月の休止だ。死亡説が出るのも仕方がないかもしれない。
しかし――この一ヶ月、違和感が自分にまとわりついていた。
足りないのだ。物理的なものではない。頭の中から、何かが抜けている。
それは記憶という、分かりやすい物ではない。もっと、感情的な部分だ。

私は前世を覚えている。この世界とは別の個性のない、ヒーローもいない世界の人生だ。そこで、この世界のことを知っていた。展開を漫画の一つとして。そしてその漫画のキャラクターの一人として生を受けた。最初はなんの冗談かと思ったが、生きている現状を受け入れて生きているのならばと原作よりよい展開にしようと駆け回っていた。その結果が今――オールマイトが怪我による活動の減少がなく、敵側のキャラクターを敵になる前に引き込み、オールフォーワンを捕まえた、この現状だ。
それはいいのだが、その中で私は大きな不安や焦燥を持ち続けてきた。それは原作を知る上での、改変の恐怖やそれによるさらなる事態の悪化、そしてただ――ヒーローとして活動することへの不安だ。
元来、私はヒーローなどと言うタイプではない。小市民で、どちらかというと流れに身を任せるタイプだった。それがどうにか仮面をかぶってやってきた。いつもめげそうになって、いつもくじけそうだった。それでも必死にやってきた。

それがどうしたことか――その憔悴が、不安が、なくなっている。
オールフォーワンを捕まえたため――というわけではない気がした。なにせ、ヒーローとして過ごす不安さえも全てなくなっているのだから。
まるで――まるで、本当に原作のエンデヴァーのように、ただヒーローであるのが正しいと。
私はそんなに立派な人間ではない。怯え怖がり、一歩間違えば逃げ出していた、そんなやつだった。なのに、今はそんな気が一切しない。
私は――何か、私としての大事な物を失っている。

「一ヶ月で用意してくるとはね。さすがだね」
「ふん、一ヶ月もだ」
「いやいや、片腕なくなってるのに何言ってるの」
「義手をつければなんてことはない。寧ろいくらでも壊していいからな。便利だ」
「いやいやいやいや物騒すぎるでしょ!」

事件の先でともになったオールマイトに話しかけられ返答する。
切羽詰まっていたこともあって、今の今までかなり余裕のない対応をしていたので、そのノリで話してしまっている。が、彼は心が広いので交流を続けてくれている。有り難いことである。
余裕も出てきたことだし、もう少し柔らかく対応をしてみてもいい気がするが、なんとなく気乗りしない。なんだろう、理由は分からないのだが……。

「そういえば最近ホークスとはあった?」
「ホークス? いや、会っていないが、なぜだ?」
「いやだって……君の腕のこともあるし」

言われて、確かにとも思う。左腕だが、なくなった直接の原因はホークスだ。といっても、使い物にならなくなった腕を邪魔だからと囮につかい、腕ごとホークスに切り落とさせただけなのだが。
いや、そうだな。普通は何かこう、礼の一つ――いや、謝罪の一つでもしないとならないはずだ。原作を知っている身としては、原作通りなら彼はエンデヴァーに憧れていたわけだし。あの場では仕方がなかったとは言え、腕を切らせたのだから。

「そうだな。福岡に行く機会があれば話をしておこう」
「……なんだか君、雰囲気変わった?」
「雰囲気?」
「なんというか、大人しくなったというか、なんだろう。生気がなくなった?」
「ふざけているのか貴様」
「そういうわけじゃなくて! 元気がないってわけじゃないならいいんだけど」

元気がない――それは分からないが、雰囲気については少し自分でも思う部分がある。やはり、何かがおかしい。何かが足りない。胸がざわつく、このままにしておいていいものかと。

「――そういえば、以前に俺にそっくりの子供に出会ったと言っていたな」
「え? ああ! そうそう、本当に似ていてね、不思議な子だったよ」
「どんな少年だった」
「どんな? そうだなぁ、かなり世間知らずでね。ヒーローのこともほとんど知らなかったんだ。僕や君のことも知らなかったね」
「他には」
「他は……そう、彼も炎の個性だったよ。本当に幼い君って感じだった」
「どこで出会ったんだ」
「確か、仕事の打ち合わせで足を運んだ福岡だったかな」

福岡。丁度ホークスのいる地でもある。目的が二つに増えたのだから、行かない理由はないだろう。


仕事の都合をつけて、ホークスとのチームアップをねじ込んだ。腕の件で事情をしっているSKたちは何も言わずに動いてくれた。そして打ち合わせ当日、久方ぶりにホークスと出会った。おおよそ三ヶ月ぶりか。

「エンデヴァーさん、すみません挨拶にいけなくて」
「お前がわざわざくる理由もないだろう」
「いやぁ、そうかもしれませんけど……」

チラリと視線が動いた先が義手になっている腕に向いており、動きを確かめるように動かした。

「この腕も調子がいい。生身のときよりもいいかもな」
「そりゃまた……大変じゃないですか義手って」
「付け替えが面倒なぐらいだ。それ以外は寧ろ都合がいい」
「エンデヴァーさん、さすが過ぎませんかねぇ。俺だったらさすがに落ち込みますよ」
「この仕事だ。これぐらいは想定内だ」

だから気にしているのならやめておけ。と視線を送れば結ばれる口。ぺらぺらと喋っていたホークスからは考えられないような様子だ。それほどに仲間の腕を切ったことが重荷になっていたのだろうか。
それは、そうだろう。その気持ちを私は察することができる。原作も知っている。なのになんだろう、目が覚めてから嫌に他人事だ。

会話もほどほどに打ち合わせを行い、チームアップは無事に終了した。警察への連絡も終わり、ホークスは仕事が残っているとのことで事務所へと戻っていった。
私はというと私服に着替えて、他はSKたちに任せ街を散策していた。目的はオールマイトが言っていた少年だ。今の自分の状態に何か関わりがあるのか分からないが、何か確信めいたものを感じる。ここ福岡についてからは尚更だ。
情報収集をするわけでもなく、ただ街を巡る。そして一つのマンションが目に入った。高級住宅街にある高層マンションだ。数秒考えた後に、そこに足を踏み入れた。

セキュリティーがしっかりしていたため、当然暗証番号等がないと入れなかったが、そこは管理者に身分を告げて入ることができた。こんなことにヒーロー資格を使用することは憚られたが今は仕方がない。
そのままあたりを見回しながら歩いて行き――最終的に一つの扉の前にやってきた。
チャイムを鳴らしたが、誰も反応しない。だが――中にいる。おそらく、オールマイトの言っていた少年が。
不自然なことに、ドアには鍵が二つあった。一つは鍵穴。もう一つは――外から鍵を閉めるタイプの鍵だ。
当然しまっているそれに、無理矢理ドアノブをねじ曲げようとするが、以外と頑丈だった。仕方がないと個性を発動させるが、それでもなかなか壊れない。火災報知器がなっても面倒だと、数秒の内に火力を上げドアノブの隣を溶かし、そこから手を入れて鍵を開けた。

「誰かいるか」
「……エンデヴァー?」
「貴様か、俺に似ている少年というのは」

薄暗い室内へ入れば、奥の部屋から出てきたらしい少年が一人いた。その姿は確かに私に似ている――というよりも幼い頃の私だった。そしてその困惑した顔を見て――やっとなくしたものを見つけたと安堵した。

「つまりお前はホークスに監禁されていると」
「ちょ、監禁は言葉が悪い。保護してもらっているだけだ」
「元の場所に戻す気がないのなら監禁と同じだろう」
「それは……それが鷹見さんにとって最善だと思ってるんじゃないか」
「こちらは違和感に首をひねっていたがな」
「……よく分かってないんだけど、やっぱりそういうことなのか?」
「だろうな」
「そっかぁ……」

苦虫をかみつぶしたような顔をする子供に、同じような気持ちにはなる。なる、が、だからといってこれ以上何か言う気にもなれなかった。

「エンデヴァーはどうするんだ?」
「……どうもせん。ただ俺は違和感の正体を見つけに来ただけだ」
「なら、このまま?」
「お前はどうなんだ」
「……あんたがそれでいいなら、俺もそれでいいと思ってるよ。鷹見さん、優しいし」
「……分かりやすく絆されているな」
「それもあるけど……俺はエンデヴァー基準で考えてたけど」
「俺も絆されてるといいたいのか」
「え、面倒……」

面倒とはなんだ面倒とは。
少年は仕方なさそうな顔をして、信頼してるってことだ。と言った。
信頼とは言うが、同僚を信頼しない方がおかしいだろう。――まぁ、その相手によるかもしれないが。
しかし確かめてみて良かった。少々今の自分のままでは心配な面もあるが、自身で気をつけておけばどうにか成る程度だろう。といっても、前世の気質部分が大分なくなっているのだから気づかないという可能性もある。気を張らねばせっかく世界が平和に近づいているのにエンデヴァーまわりが殺伐になりかねない。

「にしても状況把握が早いな」
「そっちもよく俺の居場所が分かったな」
「元は同じだからか」
「そういうことだと思う」

そう言って、無言で数秒見つめ合って腰を持ち上げた。リビングから玄関へと歩いて行って、そのまま扉を開ける。後ろで「三度目だな」などという言葉を聞きながら、後でホークスに修繕費を事務所経緯で送付するかと思考した。
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