- ナノ -

02

うわーん鷹見さんが怖いよぉ〜〜〜〜犯罪者の目をしてるよぉ〜〜〜〜!
という泣き言は置いておいて。置いておきたくないぐらいには緊急性があるし心がポッキリ折れた訳なのだが、そうも行っていられないのが現状だ。
頼れる人が鷹見さん以外にいなかったため彼を心から信じていたが、そうも言っていられなくなってしまった。彼には怪しい要素が多すぎる。あと端的に怖い。私を見る目がまるで獲物を逃さないかのような獰猛さと、私を見ているのにその先の何かを映しているような乖離がある。日々の中では優しいと感じていた彼の行動は視点を変えればただの執着だ。彼が本当はどんな人物かは分からない、自身が感じた彼への暖かさを全て嘘だと断じたくはない。だが、見極める必要がある。ただ自分自身のために。

ということで、扉をぶち壊して逃げ出しました。

「マジで耐火性になってたな……」

思わず扉を開けた先で呟く。以前、女性の悲鳴でパニックを起こした私が外へ出たときに扉を個性と呼ばれる炎で溶かしたときになんだかキマッている鷹見さんが「扉を耐火性にする」と言っていたのだが、本当に耐火性になっていた。以前と異なり、全く解けなくなっていた。現代の技術ェ……! と思いながら、火力を上げた上で思い切り殴りつけた。拳からはちょっと血が出たがいくら耐火性と言っても周囲が真っ黒に焼け焦げる熱量と炎によってブーストをした拳には適わなかったらしい。無事に外に出ることができた。
日々イメトレをしたかいがあった。まぁいわゆる一発勝負だったわけですが。

鷹見さんのあの様子からして、おそらくだが家に私にばれないように監視カメラ等もつけているんじゃなかろうか。そうすると、一刻も早くここからにげることが最優先だ。
だが、私はお隣さんを思い出していた。私が偶然助けた青い髪の女性。
彼女なら何か助けてくれるのではないか、巻き込んでしまう形にはなるが一人で行動してもできることが限られてくるのは分かっている。隣の扉へと駆け寄ってそのままチャイムを鳴らした。

「はい、どちら様ですか?」
「え……い、いえ、すみません。間違いました」
「? そうですか」

聞こえてきた声に激しく動揺してしまった。その声は低い声で……明らかに男性だった。

「あ、あの! すみません、ここに女性の方住んでませんでしたか……?」
「女性? いえ、僕は最近ここに引っ越してきたばかりなんで」
「そう、なんですか。分かりました。すみません」

ぷつりと切れたインターホン越しの会話に、嫌な汗が流れる。
私が青い髪の女性と出会ったのが一ヶ月前。そして家を出るタイミングを伺ってやっと今日実行に移した。女性はなぜ引っ越しを……。ストーカーは捕まったはずだし、何か仕事の事情?
そうだといい。けど、彼女は私と話をしていたし、その場面を当然鷹見さんに見られていた。
嫌な想像が頭を駆け巡る。が、そんなはずはないと頭を振った。
鷹見さんを疑ってはいる。けれど、心から彼を悪人だと思うことは私にはできない。したくない。彼を信用している、なぜだか分からないけど、疑いたくない。
だからこそ探るのだ。私の今の状況を、彼の正体を。

このアパートはどうやら認証がないと外にさえ出られない形式のようだった。どうにか他のアパートの住人が外へ出るタイミングで一緒に潜らせてもらったり、警報が出なさそうなものは個性で壊したりしてそのまま外へと脱出することに成功した。周囲を見回しても鷹見さんはいなかったので、人々の視線から逃れるようにしながら道を進んでいった。
自分が犯罪者になった気分である。ただ今警察に補導されたら色々終わりだろう。鷹見さんがやってきてしまうかもしれないし、逆に私からの連絡手段が一切ないので誰も保護者がおらず本当に身の振り方に困ることになるかもしれない。それか、鷹見さんの言い分が本当ならば何かの犯罪組織に狙われるとか。

そうならないうちにやるべき事を片付けなければ。まだミステリー小説の下巻が残っているのだ。
まず、やるべき事は世間を知ることだ。

この世界は私の常識とは合致しない点が多い。そこまで違和感はないものの、それでも個性やヒーローなどは引っかかりを覚える言葉だ。それらをしることで、もしかしたら忘れてしまっている記憶が思い出されるかも知れない。

そんなわけで人通りの少ない道を警戒しながら歩いていれば、聞こえた耳をつんざく音。

「え、君――エンデヴァーの隠し子!!??」
「か、隠し子?」

驚きで飛び上がりながら見た先には、二メートルは超えるであろう長身の細マッチョの男性がいた。


「いやぁ、ごめんね。君が知り合いに本当に本当にすごく似ていたから」
「そんなにですか」
「うん。もう、知り合いを幼くしたらこうなるよな〜! って感じで」
「エンデヴァー、でしたっけ?」
「そうだよ。ヒーローのエンデヴァー」
「ヒーロー……」

細マッチョの男性は八木さんといった。もしかして私のことを何か知っているのかと――隠し子、というのが少々不安だったが――話を聞くと、ただ知り合いに激似だったという落ちだった。
金髪碧眼の八木さんは、そんな見た目ではあるが日本人だそうだ。親切というか愛想のいい人で全くの知り合いでない私にもよくしてくれていた。
驚かせたお詫び、ということで飲み物もおごってくれたし。お金を持っていない私としてはとても助かった。

「すみません、ヒーローについて八木さんは詳しいですか?」
「詳しいも何も! ……あ、うん。詳しい方だよ」
「そうですか。俺、ヒーローについて全然知らなくて。知ってること教えてくれませんか?」
「全然知らない? というと、今人気のヒーローについてとかかな?」
「いえ、ヒーローがどんなことをしている人なのかってところから教えてほしいんです。さっきのエンデヴァー、でしたっけ。そういう人も知らないし」
「エンデヴァーを知らない? じゃあ、オールマイトは?」
「知りません」
「Oh! オールマイトを知らないのか!」
「そんなに有名な人なんですか?」
「う、うーん。たぶん、ちょっと、知っている人は知っているかなぁ?」

なんとなく歯切れの悪い八木さんにやはりこの質問は世間離れしすぎなのかと複雑な気持ちになりつつ、それでも懇切丁寧に教えてくれる彼の話に耳を傾ける。

「オールマイトってほぼ全国の人が知っている超有名人ってことじゃないですか」
「ま、まぁそういうことになるかも」
「エンデヴァーも知名度的には滅茶苦茶高いんですね。人気は低そうだけど」
「う〜〜ん、まぁ、彼は仕事熱心だからね」
「あー頑固親父キャラなんですね」
「頑固親父……なんか君がそう言うと本当にエンデヴァーがお父さんみたいだよ」
「そんなに似てるんですか」
「うん。すっごく似てるよ。スマホとかで検索したらすぐ出てくるよ」
「えっと、今日スマホ持ってきてないんです」
「そうなのかい? じゃあちょっと待ってて」

そう言って自分のスマホで何やら検索し始めた八木さんに大人しく隣で飲み物を飲みながら待つ。
第一住人が優しい人で本当に良かった。鷹見さんと違って関わり合いがないから気軽に会話もできるし。鷹見さんはストーカー事件があってから一際優しくなって本当に怖かったからなぁ。勘弁してほしいぜ。

「ほら、この彼だよ」
「ああ、この――」

スマホの画面を見せてもらい、そこに映った人物を見たとき。思わず言葉を失った。
確かに、画面に映っていた男性は私に似ていた。年齢は八木さんと同じぐらいで、四十代からそれ以上っぽかったけれど、赤褐色の髪色や碧眼の目の色。厳つい表情は確かに私が成長したらこんな感じになりそうだ。かなりガタイがよく厳めしい顔をしているが。あと、どうやら個性が炎のようでそこも私に合致していた。
だが、私が言葉を失ったのはそこではない。その画像に写っていたもう一人の若い男性だ。

「あ、あの、この人」
「ん? ああ、エンデヴァーの隣にいる彼か。彼はウィングヒーローホークス。若いのにヒーローランキングではNo.3の凄腕なんだよ」
「ヒーロー……そうか、あれって何かの店の店員カードとかじゃなくて、本当に……」
「どうかしたのかい?」

最初に見せてもらった身分証明としてのカード。ヒーローなんたらと書かれていたあれは、本当にしっかりとした身分証明だったわけだ。しかもかなり世間では広く知られている。
頭を抱えた私に八木さんに声をかけてきてくれるが、それに大丈夫と首を横に振って更に話を聞く。

「ホークス、ってどんな個性を持ってるんですか?」
「確か羽を一枚ずつ自由自在に扱えたと思うよ。あの精度まで持って行くのはよほどの努力が必要だよ。チャラいなんて言われてはいるけど、とても努力家なんだと思うよ」
「なるほど……今もちゃんと活動してるんですか?」
「もちろん。いや、以前よりもっと、だね」
「もっと?」
「ああ、実はNo.2のエンデヴァーが活動休止中でね。その分彼が頑張っているみたいだよ。オールマイトもちょっと休んでいてね、今は活動しているけど。ちょくちょく休んじゃってるからね」
「No.1とNo.2が? 何かあったんですか?」
「……それも知らないんだね。かなり大きな事件があってね。そこで多数のヒーローが怪我を負ってしまったんだ。前線に出ていたからね、怪我がわりかし酷かったわけだ」
「それで、No.1は戻ってきたけど、No2はまだ戻ってこれてないって事なんですね」
「うん……」

どこか陰のある表情を見せる八木さんに、もしかして彼はそのヒーローのファンなのかと思い少し申し訳ない気持ちになった。だが、私はもっと知らないといけない。
これがもしかしたら今の状況の打開策になるかもしれないのだ。

「エンデヴァーですけど、ホークスとは関わりが深かったんですか?」
「ホークスと? 確かに、よくチームアップ……つまり仕事上で協力はしていたみたいだね。個人的な関わりまでは分からないけど」
「なるほど……仕事仲間ってだけなんですね」
「そうだね。けど、二人で協力して色々な事件やヴィランを捕まえているし、命の取り合いを二人でかいくぐったりもしたりしただろうから、信頼関係は強いんじゃないかな。それに、エンデヴァーがチームアップをあそこまで受けているのはホークスが初めてな気がするよ」

ちょっと妬けちゃうよね。という八木さんはやはりエンデヴァーのファンらしい。
ファンにとっては色々複雑なのだな。と思いながら信頼関係か。と内心思う。

「ホークスは、エンデヴァーにとって悪いことはしないと思いますか?」
「変わった質問をするね……。当然、しないと思うよ。彼はそんなヒーローじゃない。仲間を蹴落としたりしないし、何よりあのエンデヴァーが信頼しているしね」
「エンデヴァーも信頼してるんですね」
「そりゃあそうだよ。じゃないと、あの作戦で――いや、なんでもない。けど、信頼しているよきっと」

口ごもった八木さんに何かあるのかと思ったけれど、その瞳が強烈なほどにその言葉を裏打ちしていてそれ以上問おうとは思わなかった。その瞳だけで十分な気がしたのだ。
第三者からのただの意見、感想だろう。けれど八木さんが言うとなんだか説得力がある。そう信じてもいいんじゃないかと思えるような。
八木さんは自分用に買った炭酸を一口で半分ほど飲み込むと、ぷは、と声を出した後に視線を合わせずに声を出した。

「話が変わっちゃうんだけど、実はね。僕の知り合いが今、入院していてね」
「そうなんですか」
「うん。大怪我をしてしまって、でももう治っているんだ。いや、失った部分は戻ってはこないけど、もう目を覚ましていいぐらいには」
「……」
「けど、目を覚まさない。……どうして目を覚まさないんだろう」

寂しげに告げる八木さんを見上げても、その視線は交わらない。
独り言のようなものなのだろう。不安だから、誰かに言いたかった。このまま目を覚まさなかったら――不謹慎できっと他の誰かに言う気にはなれなかったのだろう。だから道ばたであった少年に弱音を吐いた。
それでいいと思う。そしてそれを聞けたのが私で良かった。ただ一度こうして出会って話しているだけなのにそんな気分になる。不思議な人だ。

「もう少しで、目が覚める」
「え?」
「そんな気がします。その友人は、ずっと寝ぼけているのをよしとする人じゃないでしょう」
「……うん、そう、だけど。どうしてそんなことを?」
「なんとなく、そんな気がしました。気がするってだけなので、もうちょっとその人が寝ちゃっていたらすみません」
「それは……いや、有り難いよ。そう言ってもらえて……。君はそういう個性の持ち主なのかな?」
「個性? ああ、予知とかってことですか? すみません、そういうわけじゃなくて」

少しだけの残ったペットボトルの飲料を飲み込んで、ぐしゃりと握りつぶす。
それから一気に拳に炎を出現させて一気に燃やし尽くした。

「……その個性」
「エンデヴァーに似てますよね」
「似ていると言うよりも、もう」

原型をなくしてそのままドロドロに溶けてなくなった残骸を地面に落とす。嫌なにおいが広がって、普通に炎を吹き出させるだけで良かったなと反省した。

空を見上げると少し太陽が傾いていた。そこまで長い間話していたわけではないが、長居は無用。というのが今の私の現状だ。必要としていた情報もトントン拍子で手に入れることができたし。もう撤収していいだろう。

「八木さん」
「な、なんだい」
「今日は色々ありがとうございました。本当に助かりました」
「それは、よかったけど」
「じゃあ、俺もう行かないといけないので」

そういえば眉を寄せた八木さん。その表情を少し見つめて、もしかしてと口を開く。

「心配してたりしますか、俺のこと」
「……分かってたか。そうだね、あんまりにも世間知らずだからさ」
「色々ありまして。でも、八木さんのおかげで知らなくちゃいけないことは知れました。なので、大丈夫です」
「何か困っているなら手を貸すよ」
「さすがにそこまでは。八木さんって滅茶苦茶いい人ですよね」
「どちらかというとお節介かな」
「あはは! 言い得て妙ですね」

そう言いながらも後ろ足で距離を開けていく。八木さんは一歩も動いていないけれど、これ以上心配させるとなんだか逃げられないような気がして、本当に不思議な人だなと思う。

「君の名前を教えてくれないかい」
「俺のですか? 俺は生江です」
「生江君、君は」

太陽の日差しのような目に射貫かれて、なんだか眩しくなって目を細めた。
八木さんの言葉が全て聞こえる前に声を張り上げる。

「友人が目を覚ましたら、よろしくお願いしますね!」

なぜ自分がそう言ったのか。分かるような分からないような気持ちになりながら、困惑した表情をしている八木さんを尻目にその場からさっさと逃げ出すのだった。



黒い焦げが外からでも分かる玄関ドアに、まぁやり過ぎたなと顎をさする。
ドアノブもなくなってしまっていて、開いた穴に手を差し入れることで開け閉めが可能になっていた。違うタイプの扉になってしまったなと思いながら手を伸ばす。
ミステリー小説は、意を決して読んだらやっぱり犯人は助手役の人物だった。私はため息とともにそれを確認したのを覚えている。しかし、小説は上下巻だ。下巻は今のところ、八割読み進められている。上巻でも分かっていたが探偵と助手の絆は固かった。だからこそ、どうして助手は犯罪などに手を染めたのか。
今のところ――おそらくだけど、仮説を立てながら話を読み進めている。探偵は下巻では準レギュラーだった知り合いの警察とともに助手を追っている。

重い扉に手をかけて奥へとひこうとすると、その前に扉が勝手に開かれる。

「ただいま」

現れた先――そこには鷹見さんが立っていた。画像で見た仕事着でゴーグル越しに私を見つめている。
無、というのがぴったりな面持ちでそこにいる鷹見さんは恐怖を感じるけれど、今はそれよりも申し訳なさが先立つ。

「どうして、帰ってきたんですか」

平坦な声色は、しかし押さえ込んでそうしているように感じる。希望的観測かも知れないが。

「ここが俺の家だから」
「けど、逃げたじゃないですか」
「少し出かけただけだ。もう許可なしには外にはでない」
「じゃあ、一生外に出られませんよ」

物騒な事を言う鷹見さんに、相当堪えたんだろうなと邪推する。けれど追ってきて無理矢理閉じ込めようとしていないところを見ると、迷いもあるのだろうか。私を閉じ込めていくことに。何が正しいのか、彼も分かっていないのか。けれど、それに助言できる知識も何も私にはない。だが、彼を信じるのならば。

「分かった」
「……え?」
「鷹見さんに従う」
「従う、って」
「俺は記憶喪失で、何も分からない。外に出て色々知って、その上で鷹見さんを信じようと思った」
「なんで、俺なんか」

顔を歪める彼に、どうやって言葉を出そうか迷う。どうすれば彼に信じてもらえるだろう。そう考えて、一つの答えにたどり着く。

「ヒーローホークスを信じる」
「ッ」
「俺は、ホークスを――ホークスを信頼していたエンデヴァーを、信じることにした」
「な、に、それ」
「教えてくれたんだ、ヒーローに詳しい人が」

そう笑って言えば、酷く何かを耐える顔をした後に思い切り腕を引っ張られた。
そのまま鷹見さんの首元にダイブして、ぎゅうと抱きしめられる。痛いぐらいに締め付けられて、しかし抵抗する気は起きずに同じように背中に手を回した。

「ッ、どうして、そんなこと言うんですか……!」

どうしてと言われても。

「言いたいから言った。勝手に出て行って心配かけてすまなかった」

これがたぶん、正解だと思ったから。
そして私の予想は当たって、彼はそれ以上何かを言うことなく私を抱きしめていた。

まだ下巻全て読み終えていない。けれどなんとなく分かってしまう。ミステリー小説の助手の犯行理由はきっとこうだ。

『全て君のため』
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