太陽
「気づいていたのか」
ええ、隠せていると思っていましたか。いや、私が貴方のことを見過ぎていただけですね。
「何を指しているか定かではないが、お前のせいではない」
何に対して言っているか分からないのに、よくそんなことが言えますね。ああ、けど、貴方がそう言うのならそうなんでしょう。
「……お前にただの仕事仲間とは異なる感情を抱き始めたのは、半年ほど前からだ。初めは気づきもしなかった。だが、気づいてしまった。……お前に伝えるつもりもなかった」
………そう、ですか。
「家に置いていっただろう。……気をつけて戻れ」
あの人の家に置き忘れていた変装用の帽子を差し出され、腕を掴んでいた手が離れていった。 私はそれを手に取って被り、その場から飛び去った。
嘘を言うような人じゃない。それはそうだ。分かっている。 けど、それがどうしたというのだろうか。結局私は勝手に自問自答の末に暴走し、聞かなくていいことを聞いて、あの人が伝えるつもりもなかった言葉を引きずり出した。 べらべらと話していた脳内とは裏腹に、あの人が話してくれている中で、私は何も口にできなかった。
「ホークス、大丈夫と?」 「……大丈夫です」
事務所のサイドキックの気遣わしげな視線をもらって、平坦に返す。 大丈夫にしているが、大丈夫ではない。一ミリたりとも感情を表に出したくない。これ以上情緒を滅茶苦茶にしたくない。してしまったら最後、何を言い出すか分かったものではない。 困惑げに書類を持ってくるのを内心申し訳なく思いつつ、書類を受け取った。
「……結構大規模ですね」 「うちでも追ってた山を一気に叩くそうばい」
ここ数ヶ月追っていたヴィラン組織の一斉摘発について記載された内容に目を細める。 世界が少し平和になったからと言って、個性による犯罪や結託はなくならない。以前に比べれば少なくはなってはいるものの、年に一度はこうした大物取りが起こる。年に一度、という点においては減少したなと強く思うところではあるが。 記載のある項目に、眉が寄った。本拠地を叩くために、No.2の招集要請。 場所から考えて――おそらくあの人もいるだろう。
「分かりました。りょーかいって返しておいてください」 「相変わらずやなぁ」 「それが俺のいいところなんで」
これぐらいが私には合っているのだ。相手に本心を悟らせないように、ずっとそうしてきた。どんな状況でも笑みを貼り付けてきた。ああ、なのに。一番大事な人の前でそれが呆気なく剥がれるとは。
あーーー、憂鬱で仕方がない。
時計の針は進み、時間は訪れ、作戦実行の時はやってくる。 どんなに嫌でも時間は進む。数年前に死線をくぐり抜けてきた時に全身で味わっただろうに、再び深く刻み込まれて息ができなくなりそうだった。 月夜の晩に尋ねてはならない問いをしてから数ヶ月、私はエンデヴァーさんと会っていなかった。会うような仕事がなかった、会議がなかった。ただそれだけだ。無理矢理チームアップを詰めることもしなかったし、私が出る必要のない会議にはサイドキックに行ってもらった。ただそれだけだ。
だから、何か少しでも変わっているかと思ってみたら、別にそんなことはなかった。 エンデヴァーさんは何も変わらない。サイドキックに飛ばす指示の的確さも、状況把握の素早さも。まぁ、数年前と比べたらそれらが更に精細になっていたり、顔の皺も少しは増えたり――にしても歳の割には若い――、コスチュームのデザインが少し変わったりなどは当然あったものの。 数ヶ月会わないだけでは、特にこれといって変わりはなく。
「宜しくお願いしますね、エンデヴァーさん」 「ああ」
かけた声に帰ってくる言葉も、視線も変わりなく。 ただ違うのは、私が以前のようにエンデヴァーさんにまとわりつかないところか。 サイドキックにもっと話さなくていいのかと聞かれたときは思い切り顔が引き攣りそうになって、慌てて言い訳をするはめになった。
情けない、情けないけれど、じゃあ誰かに聞いてみたい。 あんな不躾な質問をして、無理矢理答えを引き出して、その名の通り逃げ去った私がどんな顔してあの人にまとわりつけばいいと言うのだ。 だが――仕事は仕事だ。私情を持ち込む場所ではないし、持ち込んでいいところでもない。 ゴーグルをかけ直し、深く一つ息をつく。 何度だってやってきた。その対象がエンデヴァーさんになっただけだ。 押し込めて閉じ込めて、何もないふりをすればいい。そうすれば、いつかは終わっている。時計の針は進み、時間はやってくる。それが今回にも適応されるだけだ。
一斉確保での先陣はNo.1。そして戦力を補うようにめきめきと頭角を表わす若手と確かな戦力のある中堅。私や小手先の効くヒーロー達は上空や別箇所からの援護と逃げ出したヴィランの確保だ。 朝焼けとともに始まった作戦は、予想通り大規模なものになった。でかい建物が破壊され、若手が大丈夫かとヒヤヒヤする場面もあったが的確に対処されていく。 羽を飛ばしほぼ全域の情報をかき集めていた私は、情報を共有しながら苦戦しているヒーローの援護に回る。 ヴィラン達の八割ほどが確保された時、建物の天井がぶち破られる気配に、上空にいたヒーロー達に声をあげ自身も被害を被らないように距離をとった。 瞬間、上空にあがる火柱に息をのむ。 巨大なヴィランが火柱の中に見え、炎が弱まると同時に地上へ落下していった。急いで下にいるヒーロー達に連絡を取り、地面に直撃する一歩前に個性での受け止めに成功する。こんがりと焼かれていた敵だが、羽で確認する限り生きていた。さすが、と思うが同時にあの人が火加減を間違えることもあり得ないと思う。
全貌を見渡すために上空で漂っていれば、火柱から姿を現した人に目を奪われた。 状況把握のためか、炎を噴射させて空に浮かんでいる。
時間もそれなりにかかり、低かった陽も昇ってきていた。 あの人の後ろに太陽が存在していた。ゴーグルをしていても目が焼かれそうで、それでも目を逸らせない。 エンデヴァーさんの視線がこちらを向く。炎を宿し、傷を作って、血を流した姿で。 なんだかどうしようもなくなって、被っていた皮が全て瞬く間に燃やし尽くされなくなった。 太陽に照らされて、ようやく自分の過ちに気づいた。私の失敗はたぶん、問いではなく逃げ出したことだったのだろう。
「まるで、太陽みたいですね」
とっくの昔に、貴方の炎は私の太陽だった。 結局、貴方の前では仮面も被りきれずに吸い寄せられる。ならば、もう、焼け落ちてしまうまで近づこう。
「月よりも、何倍も綺麗です」
手を伸ばしてもいいのなら、馬鹿げたエゴや誂えた偽善を無視して、自分のためだけに求めよう。
瞠目する貴方に、私はただただヘラリと笑った。
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