- ナノ -

失敗



ヒーロー活動が終わった後、私はいつも通りにエンデヴァーさんを食事に誘った。一度も欠かさないほどに誘っていたし、エンデヴァーさんのところのサイドキックたちもいつもの光景ということで、特に驚きもせずに話しかける私を見ていた。仕事が残っているというエンデヴァーさんに、じゃあ十一時にいつもの場所に集合で。というと呆れたような顔をしながらも断られなかった。
私は報告関連をさっさと片付けて私服に着替え、軽い変装をして十一時に間に合うようになんとなくスーパーなどを回りながら物色していった。
十一時に間に合うように買い終えたスーパーの袋には、つまみと酒と酒と酒と酒が入っていた。

「……腹が膨れんだろう」
「そこはほら、エンデヴァーさんの家の冷蔵庫から」
「たいしたものはない。それに、酒が多すぎだ」
「まぁまぁ」

スーパーの袋を持って居間へ通され、中にを並べていく。
エンデヴァーさんは露骨に厳しい顔をしていたが、私が冷蔵庫にそそくさと歩いて行けば表情はそのままでグラスや箸などを用意してくれた。
簡単に食べられそうな小分けされたサラダチキンを、こんなのも買っているのかと持って行けば、つまみを増やすなと冷蔵庫に戻された。
結局つまみ三割、酒七割となり、エンデヴァーさんはますます眉間に皺を寄せた。

「酒盛りなら酒盛りと言え」
「いや、なんか買ってたら勝手にこうなっちゃったんですよ」

これは本当のことだ。すみません、と軽く頭を下げながら笑って告げれば小さなため息とともにビールの缶を手に取ったのを見て、同じくビール缶を選ぶ。
エンデヴァーさんはグラスに注いでいたが、自分はそのまま口を開けるだけで待つ。

「はい、じゃあカンパーイ」
「……」

鋭い目に笑みで返しながら、無理矢理かち合わせたグラスと缶が歪な音を立てた。

エンデヴァーさんと共に食事や酒盛りをするとき、特にテレビなどはつけたりしない。私はエンデヴァーさんが目の前にいることに意識がつられていたし、エンデヴァーさんもテレビをつけるようなタイプじゃないのか、客がいるからなのか基本的に居間は無音。私の喋りと、時折エンデヴァーさんの声が入るだけだ。
そうして酒盛りが始まり、それほど時間も経たないうちに、目の前に空の缶が三つ鎮座した。炭酸は腹にたまるから、つまみも食べる気が起きなかった。

「エンデヴァーさんは、再婚とかしないんですか?」
「……突然何を言い出す」

話題が移り変わる時の僅かな沈黙、そのときに今まで一切触れてこなかった話題をぶち込んだ。
エンデヴァーさんは訝しげな厳めしい顔をしているが、声色には困惑の色も僅かにだが読み取れた。それはそうだ、こんな話、素面では絶対に出さないし、酔っていたって死んでも出さない。

「いやぁ、エンデヴァーさんなら引く手あまたかなぁと」
「……お前はどうなんだ」
「いやいや、今はエンデヴァーさんの話ですよォ」

眉を下げて笑って、手のひらを無意味に揺らす。酒のせいで顔が熱い、もちろん酒のせいだけじゃないが、相手は前者のせいだと思ってくれるだろう。
目の前にいる人とは、もう何年もの付き合いだ。そんな浮いた話なんてないのは知っているし、そういう人じゃないのも分かっている。――ああ、分かっている。
エンデヴァーさんは一口グラスから梅酒を飲んで、いない。と告げた。

「それって俺がいるからですか?」

ピクリと、僅かにエンデヴァーさんのグラスを持つ手が痙攣するように動いた。グラスの側面に液体が当たり、数滴跳ね返る。真っ直ぐに向けられた瞳は、しかし僅かに瞳孔が開くだけだ。

「何を言っている」
「いやぁ、だって俺とかがこうやってお邪魔しちゃってたらエンデヴァーさん、寂しくないじゃないですか。寂しい独り身がいやだから結婚したりするって聞くんで、俺がいたら再婚の必要性感じなくなっちゃうんじゃないかなって」
「……なんだそれは」

静かにグラスを机に置いたエンデヴァーさんに、ハハハと笑い声だけで返した。

本当は、今日はエンデヴァーさんの家に入りたくなかった。この人の顔を見るのが嫌だった。正面で話をするのが苦しかった。海の中で溺れ続けているような気分になったから。
一刻も早く解放されたかったが、おそらく肺に冷え切った水が満たされているような感覚は、福岡へ逃げてしまっても解放されないものだと分かっていた。
心臓は破裂しそうなほどに脈を打ち、頭の血管ははち切れそうなのに、言葉で吐き出せば夜の海水が出てきそうなほどにちぐはぐな思考と体温。
先ほどの問いは、聞きたかった部分の核心ではない。もっと奥、触れてはいけない場所にある答えを知りたかった。だが、聞いたら最後、きっと私は生きてはいられないだろう。

それでも、それでも聞きたかった。答え合わせがしたかった。
私は、私は貴方が、僅かでも幸福を感じてほしいと行動したつもりだった。その答え合わせがしたかった。

「エンデヴァーさん」
「なんだ」

電灯のついた室内で、ライトブルーの瞳が私を射貫く。
私は何を求めているんだ。
ただ私はエゴの塊で、人より知識があって、やるべきことをやり終えて。

そこで、ふと気づく。

「俺、間違えてしまいました」

そういえば私って、いつも大事なところでミスをする奴だったなぁ。


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