- ナノ -

独白



気づけば、その男がエンデヴァーを仕事終わりに誘い、夕飯をともにするのは恒例になっていた。
嫌に有能だが本心を誰にも見せない男。それがエンデヴァーの抱くホークスへの印象だった。初対面での印象は最悪だったが、何年もともに同じ仕事や現場を経験していれば目指すところはヒーロー『らしい』ものであることは分かった。だがその本心はいつまで経っても伺い知れず、ただ何が愉快なのか笑みを浮かべ、軽い言葉のように見せかけて真実重要なこと『時折』口にする。しかも狙ったように。
そんな男と夕飯をともにするのが恒例になったのはエンデヴァーが離婚をした少し後からだった。一部にしか伝えていなかったはずなのに知っていたホークスは、本当に珍しく申し訳なさそうにした後に開き直ってエンデヴァーを誘い始めた。とはいっても、誘いは今までもあったことだった。それにエンデヴァーが応じるようになっただけだ。
今までは家族が家におり、妻と娘が食事を作っていた。だからエンデヴァーはできるだけ家に帰るようにしていた。それでも時折ホークスに付き合っていたのは情報交換という意味と、多少なりともホークス自体を評価し、認めていたためだった。
離婚自体、エンデヴァーに与えた影響は少なかった。なぜならば数年前から両者で決めていたことだったからだ。エンデヴァー自身、ともすれば数十年前からずっと考え続けてきたことであった。己が原因で家庭が崩壊しかけた事実は変わらずそこにはあり、子供たちからも恨みを買っている自覚があった。己を鑑みて、この数年は大きく改善できたと自覚できる部分もあったが、それは些細なことだ。
ただ、その家族団欒に己の存在があることが想像できない。――いや、許せないといった方がいいのかも知れなかった。
なので、エンデヴァーにとって妻との結末は分かっていたことであったし、寧ろ知っていると白状した若者が落ち込むことの方が酷く稀なことに思えた。

それから、エンデヴァーは若い鷹を見る機会が増えた。いや、エンデヴァー自身が拒否しなくなったためでもあるため、増やしたというのが適切かも知れない。
ホークスは以前にも増して実のない話をするようになった。エンデヴァーはくだらないと思いながらも、チョイスしてくる店は悪くないために舌鼓を打ちながらそれらを耳にしていた。だが、相手の若者は実のない話をしているのは理解しているようで、エンデヴァーが興味を示さなくても特に気にせず、一通り離しては話題を変えていく。時折相手が口を挟めば待っていましたと言わんばかりに話を次から次へと続けていった。口の回るやつだと呆れるとともに、感心が僅かに灯る。それにいくら話したとしてもホークスは楽しげな表情をやめなかった。それがただの交渉術として身につけたものであっても、エンデヴァーは、まぁ、悪い気はしなかった。
若い鷹はエンデヴァーに懐いていたし、本人もそれを特に隠そうとはしていないようだった。理由を聞けば、No.1とNo.2の仲が良いことはいいことだと帰ってきて、そういうものかとどこか腑に落ちないままそういうこと。として考えるようになった。
ただ、エンデヴァーに特に下心もなく軽い調子で絡んでくる者も少なかったのが事実だ。初対面から数年も経過し、慣れてきたといっても、接触が増えてから再度ホークスのことを思案することが多くなった。
表情がコロコロ変わるがその実、顔を覆うゴーグルのように確実な壁を作る男。事実を語るものの、それらが計算されていた男。敵も味方も全て信用しているが信頼していない男。
だが――エンデヴァーの自惚れでないのなら、若者はエンデヴァーだけには違ったように思う。それがホークスの言った『No.1とNo.2の仲が良いことはいいこと』というのかもしれない。
しかし、エンデヴァーは同時にその傾向がこの頃顕著であるとも思った。最近――離婚後からだろうか、誘いを断らなくなってからどこかゴーグルの下が透けて見えるような、計算が狂っているような。そんな雰囲気が見て取れた。以前にあった大きな戦いが収束したことも関係があるのかもしれないが、以前より深く関わるようになり、ホークスの『ホークスらしい』ところをなんとなく感ずるようになっていった。
それを、悪いように思うことはなかった。寧ろ、仮面をかぶるような男の素が見えたようで清々するような気分と――仮面を取れる対象があることにどこか胸がすくような気持ちですらあった。

年月は過ぎ、半年が過ぎた頃。ふとしたエンデヴァーの気まぐれでホークスが轟家に訪れるようになった。エンデヴァーとしてはホークスの人格や翌日の予定などを考えた上での合理的な判断だったが、相手ははじめはどこか身体を固くして家に入ったことを覚えている。
そんなことに気を張るような性格だったのかと少し驚いた記憶があった。
そうこうして独り身になった一年もすれば、随分と年の離れた同業者が家にやってくる機会も増えた。最初は店と同じような振る舞いをしていた若者も、だんだんと腰を落ち着けてきて友人の家にでも来ているかのようになった。それもそれでどうかとエンデヴァーは思ったが、やはり悪い気は起きず、なるがままにさせていた。
今では妻と子供たちは別の家に住んでいる。時折子供たちが訪れるものの、大きさに反して住む人数の少ない家に、客間とはいえ異物だろうになじんでいる羽の男を見ると、エンデヴァーはなぜか酒をうまく感じるようになっていた。

その変化をエンデヴァーは、いや、轟炎司は独り身になった孤独感からくる侘しさか、今まで作ろうとも考えていなかった気安い友人のようになってしまった相手だからかと考察していた。
少なくとも炎司にとってはそれが正解であり、真実だった。

「あ、ホークスですね」
「……そうだな」

パトロール中、SKから自然に出てきた言葉だった。言葉を返し、しかしエンデヴァーはそのたった一言かけられた言葉にようやく自覚した。
ビルに飾られる広告に、プライベートで見るテレビの中に、そしてなにより酒を飲みながら語らう中で、あの鷹を無意識に視界にいれていたことを。
No,2のメディアの露出は多い。それはホークスの年齢や見た目、そして支持率に関連するところなのだろう。だからこそ、エンデヴァーは頻繁にその姿を街中で見かけたし、自然、目に入ってきた。――そう思っていたのだが、自覚をしてみればそうでないことは嫌でも理解してしまう。
意識などせず、その髪を、目元を、笑みを眺めていた。他のヒーローに比べれば会う機会が多く、見飽きてさえいるだろう男を、まるで追うように。
SKは、エンデヴァーの視線を辿った先で見つけたホークスの話を出した。そこで漸くエンデヴァーはそれらに気づいたのだった。
しばらくの苦悩の内、エンデヴァーは諦めた。諦めという言葉が一番似合わない男であるはずの轟炎司は、しかし今回に限っては諦観した。何せ、無意識なのだ。たかが目線の制御が効かない。そしてなにより、それを炎司自身が無理矢理にでもやめようと思えなかった。ただ、目線をやる。その先に鷹がいる。それだけのことを、意図して矯正する気は起きなかった。
また、炎司は己の歳と過去をしかと自覚していた。歳とは色々なことを諦めさせる一つの指標だ。知識が増えできることとできないことの見分けがつくようになる。若さとしての愚直さが鳴りを潜め、体力や環境などの問題から先が見えてくる。歳などを理由に何かを諦めるなど、炎司の最も嫌うものの一つであるが、その他の要素――過去を――も含め、此度に関してはそれを当てはめた。

「月、綺麗ですねぇ」

若者と以前より関わるようになって、一年と半年。
変わらず仕事終わりの誘いに乗り、家で晩酌をしていた夜のことだった。空の具合も良く、月明かりがホークスを照らしていた。仕事着とは違い、一般の若者の服装をしてだらける男は一般市民とさほど変わりないように思えた。
その背を自然と眺めていたところで、ホークスがなんでもないことのようにそういった。
確かに、炎司が見ても月は煌々と輝き、明かりを消してもよいぐらいの光を放っているように見えた。確かに、綺麗だと胸の内で同意する。縁側で寛ぐ男がそう言ったから、そう思った。
いつかどこかで得た知識での言葉を、正しい意味で実感することになるとは誰が予想するだろうか。知らない方がまだ良かったなと酒を飲むこともやめてその光景を見つめた。

実感したとて、炎司がそれを口に出すことは一生ないだろう。
それは本人が決めたことであったし、いう資格もないと納得していた。
それでも、炎司は諦めの悪い男だった。自他共に自覚していることであるし、それがどうにもならないことも分かっていた。だからこそ己が若い鷹を見つめる愚行を受け入れた。それと引き換えに、己の想いを絶対に相手に求めないことを誓って。


そして幾分か月日が経った日のチームアップ。軽傷とすら言えないただの血に、ホークスは目ざとく気づき絆創膏を取り出した。要らぬと断ろうかとも思ったエンデヴァーだったが、後ろでピイチクパアチクと騒がれるのも面倒で受け取った。しかし、受け取ったら受け取ったで小さい絆創膏に苦戦し、結局は渡した本人につけられる事態となった。
おかしな状況に顔が歪むが、特に気にした様子もみせずホークスは慣れた手つきで指先へ貼り付ける。
同じ男だというのに、エンデヴァーは嫌に繊細に動く指だと思った。

「ホークス、少しいいですか」

少し距離の開いたところから、一人の警察官がホークスを呼ぶ。
それに反応してホークスの首が動いたのを見て、指から視線をそちらへ移した。目が合ったホークスに、行けと顎で示せば、軽い調子で了解の意が帰ってくる。
羽ばたいてすぐに距離が離れる男から常とは違う感触を伝えてくる指へと目線を戻した。
いつでもこんなものを持っているとは、さすが支持率が高いだけのことはある。そう思い、なぜかそれが喜ばしいことだとエンデヴァーは感じた。

毒されている、諦観のせいでそれが悪いことなのだと考える思考も麻痺してきた。
と、緩んだような心持ちを叱咤して手を握り拳を作る。
諦観は許しではない。強く握ったために伝わってきた微細な指の痛みを感じながら、エンデヴァーはSKたちのいる方へと足を向けた。



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