- ナノ -

転機



貴方は太陽だった。それは本当に文字通りで、貴方があるから今の私があり、こうやって正常に生きている。
あの人の離婚を知ってからそれなりの時間が過ぎた。未だに私は立ち直れていない、ようだ。あーポエマーか。一曲作れそうだわ。いい加減にこのことを考えるのをやめたい。
あれから、色々なものに手を出してみた。本だったりゲームだったり運動だったり泳ぎにだって行ってみた。過ぎたことは仕方がない、私には何もできることはない。していいわけもない。今まで散々手を出してきた、そしてその集大成が今だ。これ以上何か手を加えることはできないし、許されることでもない。
だからといってこの人生を傾けてきたものへの執着を薄められることもなく、ただひたすらに考えないようにと頭と身体を動かした。だが自分でもふざけているなと思うのは、その間に会議やチームアップで出会ったエンデヴァーさんを必ず食事やら飲み屋やらに誘って時間の許す限り絡み続けていたことだけども。
いやだって断らんからあの人。必ず誘っている、といっても仕事が一緒になったのは三回ほどだ。で、その三回ともへらへらと誘ってみて全部OKをもらってよく分からない感情のまま食事しながら喋って、飲みながら笑っていた。
懐いてくる若造を労っているのか、それとも家庭があったから断っていただけで元から付き合いの悪い人ではなかったのか。どちらにしろ頭を抱えたくなるのだからこの感情はややこしい。

「エンデヴァーさん」
「なんだ、またか」

そして今日は四度目。足下が崩れ去る感覚を知ってから半年ほどだろうか――あのときの感覚は未だに覚えている――福岡と静岡で会議もチームアップもそれほど多いわけではない。四度というのはまぁ妥当な数値だろう。別に無理矢理チームアップとか私が行かなくてもいい会議とかに自分をねじ込んでいるわけじゃない。
仕事終わりに声をかけたとき、エンデヴァーさんは分かりやすく眉間に皺を寄せていた。あ、これは断られるな、とピンときて変に口角が持ち上がった。

「ここらへんの美味しい水炊きの店をピックアップしてきたんですけど、やっぱり――」
「ホテルはとってあるのか?」
「え?」

やっぱり無理ですかねぇ、なんて続けようとしたのに遮られ、しかもそれが全く予想していなかった言葉で面食らう。ホテル、ホテル。今回はこの人が離婚して最初の食事――0回目だ――と同じように彼の地元の静岡での仕事だった。
そして時刻は夜の十時。新幹線でも、飛ぶにしても、遅すぎる時間だ。それに、サイドキックには明日に帰ると言ってあるから、そりゃあホテルをとらなきゃいけないわけだけれど。

「あー、まぁ常連になってるところあるんで、遅くてもそこに行けば入れてもらえると思ってますけど」

なんて言ったって会社の会長からブラックの会員カードもらっているし。静岡にそのホテルがあるので私は基本的には泊まる場所に困ることはない。別に静岡で駅チカで移動に適したホテルだなと思って会食で親しくなったわけじゃないですけどね?
しかしエンデヴァーさんがホテルを気にするなんて珍しい。というか初めてだ。いつもふらふらしているからどうしているか気になったのだろうか。エンデヴァーさんの思惑が読めないままに反応を伺っていれば、顔の周りの炎が少し緩んだ。

「なら俺の家でいいだろう」
「へ」
「店から帰るのも面倒だ」

いやいや、面倒って。そういうタイプでしたっけあなた。
背を向いたエンデヴァーさんに、遠回しに断られているのでは? という意見が頭を駆け巡る。そうだ、エンデヴァーさんは私なんかを家に入っていいなんて言わないだろう。いくら家族がいないからって。
つまりこれは京都で言うところのぶぶ漬けで、早くお前の地元へ帰れというあの人なりの表現なのでは――。

「おい」

着いてこない私に気づいたらしいエンデヴァーさんが振り返る。横目で覗いてくる瞳は、気難しそうではあるが嫌悪感や不快感は見て取れなかった。
来るのか、来ないのか。と視線とともに問われた言葉に、一瞬息が詰まってから

「い、きますよ」

こんな機会、滅多にないですしね、なんて軽口を叩きながら大きな背中にひらりと追いつく。
そう問われたら、否なんて選択肢、出てこないに決まってるじゃないですか。
嬉しいような、苦しいような、ああ、本当にこの感情はややこしい。


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