- ナノ -

7なんだろう、これ。


その後、現在時点で出来ている脚本の読み合せをすることとなった。だが、そこには出ていないというより、過去でもその時代に生まれていない者達もいるために、出番のない人は解散となった。と言っても魏の方で宴会が用意されているようでそちらに行くような流れになっていたが。流石、致せり尽くせりだ。
残ったメンバーはある意味で超初期に活躍していたもののみだ。
それから、脚本は呉が主役らしい。いや、確かに三国志ものの媒体では呉が主役のものが多い。まぁ、勝者の特権と言うべきか。
しかし影武者役とか、出番ないんじゃないか。とページを捲っていくと、意外とある。
孫権が出ている時はなんか出てくる。ニコイチか。
とりあえず読んで見る流れとなり、各々によるセリフが発せられる。まぁ、演技力の差とかは感じたものの、さすが本人だ。違和感は一つもなかった。
しかし、出番がどこかは見ていたが、何を言うかまでは確認する時間がなかった。私はなんと喋っていたのだろう。
文字をおっていれば、孫権の出番に差し掛かった。場所は孫権の寝室、孫権が一人で国の行く末を考えている所に私が声をかける。
どんな声を出せばいいのか迷って、結局孫権に似せて話せばいいと口を開いた。

「悩んでいるようだな、孫権」
「ああ……お前は悩まないのか?この騒乱の世に」
「たかが私一人が何を思ったところで結果は同じだろう」
「……そうだな、私などが」
「お前が、といった覚えはないぞ。孫権」

これであっているのか、けれど会話をしている孫権が何も言わないのならこれでいいのだろう。たぶん。変だったら後で指摘してもらおう。

「私が何かを思えば、結果は異なるのか?」
「私はそう思うよ。なぜならお前は、いずれ大きく歴史に名を残すことになるのだから」
「……お前は昔から意味有り気なことをいうな。その本意はなんだ? 私に何を伝えたいのだ?」
「……何を伝えるべきか、迷っているのだ。伝えずにお前が本来の道に進むことが、正しいと思うこともある。だが、お前の悩む姿を見れば私のできる限りを伝えるべきかとも思う」

なんだろう、これ。
変な気分だ。胸がざわつく、遠見の術を持っているという設定だった。だから脚本の私はこんなことを言っているのだろうか。

「私はここに、いるべきではないとも思う」
「そんなことを言うな。お前は私だ。お前の欠けた私など、想像したくはない」

孫権の力強い言葉が頭に響く、気持ちが悪い、頭が痛くなってくる。
これは、良くないと何かがいう。

「だが、この世はあまりにも苦しい」
「そうだ。だからこそ、お前にいてほしい……孫権」

思わず孫権を見れば、台本から顔を上げて私を見ている彼がいた。
なんと、なんと答えればいい、私は……私だったらなんと答えているか。

「なら、『ならば、私が苦しみに耐えかね消え失せるまで、共にいよう』」

私はその時、救いの手を差し伸べられたように感じていた。

まるで、脚本の中の人物は……私のようだった。私が三国時代に彼の二重人格や影武者として生きていたならば、確かにこのような葛藤、言葉を口にしていただろうと思う。
ただ逆に、何も伝えず一人消えていた気もする。だって私は現代で生きている、平々凡々の普通の人間だったから。
ひと通りある分だけの脚本を読み終わり、各々宴会へと移っていく。その中で私はこっそりと孫権へ聞いた。

「この脚本はいったい誰が書いたの?」
「顔が怖いぞ、生江。折角の宴会だろう」
「そうだけど、それとこれとは話が別だよ」

笑って誤魔化そうとする孫権に、思わず噛み付く。誰だあんな、あんな「私のような何か」を書いたのは。
孫権は立食形式の宴会で、皿によそられた食事を口に運びながら言った。

「私が書いた」
「……孫権が?」
「ああ、ほかの脚本もそうだ。それぞれが当事者に聞いたり書いてもらったりしている。その場その場でセリフが少し違ったりもしただろう?」
「……そうだね」
「セリフをいう中でもっと合致する言葉があればそれにしてもらっている。過去を辿るのだ、そういう仕組みにしている」

セリフが異なっていたのは事実だ。当事者によって書かれた脚本が、当事者の手によって更に過去へと近づいていく。
しかし、あのセリフ。あれは、私が言ったと孫権が記憶している言葉なのか。
やっぱり私は覚えていないだけで本当に孫権の二重人格だったのか、と悩んでいれば孫権が薄く微笑んだ。

「お前もセリフを変えていたしな」
「……え?私が?」
「ああ、私と二人きりで話すシーンで、お前は最後に苦しみに耐えかね消えるまでと、言っていた」
「あ、ああ、言ってたね」

そういうセリフだったと勝手に思っていた。何が違ったのだろうか。
孫権は目を伏せて小さく呟く。

「記憶はやはり、自分の都合の良いように書き換えられているのだな」

その言葉が思ったよりもか細く、私はなんと返していいか分からなかった。