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27ほんと推しのデレはやばい。ほんとやばい。


さて、何がどうなっているのか分からなかったが、話を聞けば早かった。
どうやら私、ホテルで眠ったと思っていたのだが、昏睡していたらしい。
昏睡とはつまり、意識障害の一つで、同時に最も重いものらしい。植物状態ともまた違うらしいが、それに近いものとのこと。眠ったまま意識を覚まさない、ということだ。ただ、植物状態は適切な処方をすれば死ぬことはないが、昏睡はそのまま症状が悪化して死ぬこともあるという。あれこれ私やばかったのでは。
その後孫権もやってきて盛大に泣かれた。私はなんだか起きているだけで疲れたので、寝たいといったら激怒された。いやそうだねごめんて。悪かったから泣きながら怒鳴るのやめてほしかった。于文則さんが助けてくれた。ほんまありがたや。

理由はアフリカ睡眠病というものらしく。どんな病気かはさっぱりだったが、アフリカと聞いてピンときた。
私、実は大学一年の時、つまり孫権と出会う前にアフリカでの慈善活動に参加していたのだ。理由? そりゃあ給付金が出るからだ。孫権に出会う前までは困窮していたので、思わずバイト感覚で飛びついた。お金ももらえて人助けもできる。最高ではないか。と思っていた当時の自分を殴りたいが、そこでどうやら移されたらしい。
他に感染する病気かとハラハラしたが、どうやらアフリカに生息するハエからしか伝染しないとのことで安心した。
いやぁ、しかし。本当に歴史通りになるというか。私までその毒牙にかかっているとは分からなかった。

「孫権には迷惑かけたみたいで、ごめんね」
「謝るな、病にかかったことはお前の非ではない。病院にも行っていたようだし、そこの医者が悪かったのだろう」
「医者っていうか、私もただの風邪だと思っていたからね」
「……一か月に一度は今の病院で診てもらうぞ」
「ええっ、普通一年に一度でしょ」
「今の病気の後遺症も残るかもしれんのに、一年に一度など許容できるか!」

孫権に車椅子を押してもらいながら、病院内の中庭を見て回る。
季節は春で、花々が綺麗に咲き誇っている。
私はといえば、一か月ほど昏睡していたようで筋力が衰えていてあまり歩いたりとかができない。
なので、世話をしてくれる孫権に甘えてこうして散歩に付き合ってもらっているわけだったりする。
いやほんとは于文則さんに頼みたいけど、ほら、忙しいからさ。会いに来てくれるだけでも嬉しいから。もうそれだけでドキドキしちゃうから。ね!
あとこれを言ったら孫権が拗ねるから言えない。独占欲強くね?

因みに、後遺症というのは頭痛とか睡眠障害とかそういうものらしい。私はアフリカ睡眠病でも重篤患者だったようなので、治療しても後遺症が残ってしまうかもしれないという。その中には幻覚や幻聴などもあって、撮影中に感じた違和感はこの病気のせいだったのか。と酷く納得したりもした。
アフリカ睡眠病は伝染してから発症するまで数か月から数年に渡り、最初は頭痛や発熱、リンパが腫れるなどの症状が置き、それを放置すると神経疾患を引き起こすようになるとのこと。それから錯乱や躁鬱、次いで睡眠周期が乱れ、朦朧とした状態になり、昏睡して死に至るらしい。いやぁ、発症した部分が見事にあまり気にならないというか、私としてはスルーしてしまうもので笑える。私だって朦朧としていたら孫権に言うし、錯乱していたら周囲が気付くだろう。まぁ、運が悪かったということなのだろうが。
また、この病気の原因は寄生性原虫とのことで、虫が原因だった。そんなのが体の中にいたとか中々に度し難い。

後遺症、残らないといいけど。
でもまぁ、起きれたことが奇跡という気分もする。
結構危ない状態で、目を覚ますか分からないとまで言われていたそうだ。
それもなんとなく納得な気がする。眠っている最中に考えていた事柄を、僅かばかり覚えているからだ。
生きる気力もないやつが、病に打ち勝てるはずもない。
そう考えれば、やはり私はあの人に救われたということなのだろう。

花々を見ながら車椅子を押してもらっていれば、道の続きにあの人を認めて思わず手を振った。

「于禁殿!」

走り寄りたかったが、車椅子なのでそうもいかない。孫権に早く早くと急かして、ため息を聞きながら少し早く押してもらった。
于文則さんといえば、あちらから歩み寄ってくれて笑みが深くなる。

「……生江殿。あまりはしゃがぬように」
「すまない。于禁殿がいたのが嬉しくてな。今日も来てくれたのだな」
「ええ。病室に行きましたが、散歩中とのことでしたので」

病室まで来てくれていたのか。そう思うと無駄に歩かせてしまったことに申し訳なく思う。
ただ中庭まで探しに来てくれたのは、素直に嬉しい。
だが、于文則さんの口調が気になった。どうして敬語なのだろうか。や、やっぱり私が孫権口調だからなのだろうか。でも、于文則さんと話すときは、この口調じゃないとうまく話せないのだ。普通に話せない。なんだこれも精神障害か、違うか。

「探させてしまったのだな。すまない。会いに来てもらっている身だというのに」
「いえ……。私が来たくて来ているだけです」
「うぉぁっ」
「生江殿?」
「い、いや……ちょっと刺激が……心臓が痛い……」
「なっ、体調がすぐれぬなら病室に」
「いや、于将軍。おそらく違うから、大丈夫だ」
「そ、そうだ。大丈夫だ。問題ないし、寧ろ元気をもらってるから」
「元気を……?」

于文則さんは訝し気な顔を、孫権は声色から呆れているのが分かる。
だってしょうがないじゃないか! 推しからあんなことを言われたら誰でも死にかけるだろう!! でも大丈夫、元気百倍なので!!! ありがとうございます!!
因みに、孫権は于文則さんに対して私がこんな調子なのは知っているため、こんな態度だ。もっと心配してくれてもいいのだぞ。
訝し気にしていた于文則さんだが、すぐにいつもの不愛想――だが凄く愛らしい。写真に撮りたい。撮りまくりたい――な顔に戻った。

「今日は、私も貴方に少し用事が会ってきたのです」
「私に? 孫権にではなく?」
「はい。……曹操殿から言伝を言付かりました」

――曹操。
それに、ちょっと眉を顰める。
いや、別に嫌いじゃない。もちろんだ。が、于文則さんと関わっているという話を聞くと、嬉しい気分にはならない。
別に、嫌いじゃないんですけどね? 勿論主従がうまくやっているということは良いことです。勿論だ。が、まぁね。前世がね。私は曹操には勝てませんでしたからね。

「生江」
「え、何?」
「于将軍が話しづらそうにしているぞ」
「えっ、あっ、すまぬ。大丈夫だ、続けてくれ」
「……では、曹操殿が映画の試写会に生江殿も出てほしいとのこと」

試写会。そうだ、映画がそろそろ公開されるのだ。
逆に言うと、まだ公開されていなかった。理由は明白で、全て撮り終えたらすぐに、という話だったのだが、私が倒れたせいで公開が延期していたのだ。イベントや広告も全て差し替えで、正直被害総額が想像できなくて私は吐きそうになった。
が、その延期されていた試写会に出てほしいとは。
私が何か言い出す前に、孫権の声が響いた。

「なっ、曹操は何を考えている! まだ歩くこともままならぬというのに、そんな状態の生江を――」
「いい案だな」
「な」
「撮影後、病に倒れていた演者が回復し試写会に。車椅子で登場なら、いい具合に同情も引けるだろう」
「……生江殿」
「何、曹操もそれが目的だろう。私のせいでかなり割を食ったはずだからな、これぐらいなら引き受けよう」
「おい、忘れているのかもしれんが、お前は今まで何人もの人を助けたのだぞ。それに比べればお前が倒れたことでの被害など、目を瞑って当然だろう」
「まぁ、それはそうかもしれないが」

表に立たせたくないらしい孫権は、尖った声で反論してくる。
だが、実際迷惑をかけたことは確かだし、少しぐらい協力したいとは思う。だが、個人的な気持ちとしては心は一般市民なので、たくさんの人の前に出るのは遠慮したい。さて、どうするか。

「于禁殿はどう思う?」
「……体が最優先でしょう。ですが」

問いかけた于文則さんは、言いにくそうだ。そりゃあ、曹操社長からはどうにか連れてくるように言われているだろうから、当然といえば当然か。若干、諦めつつ聞いていれば、黒い瞳が少しだけ歪んだ。

「試写会には、私も出ることになりました。何かあれば、私がフォローもできるでしょう。……私も試写会などというものには出たくはないが、貴方がいるならば、出ようという気にも、なるが」
「っは、え、ちょ……うっ、これは……やばいって……!」
「おい、生江! 于将軍! あまり生江を刺激しないでもらえるか!」
「なっ、何故だ!?」

危うく死にかけたことだけ報告いたします。
ほんと推しのデレはやばい。ほんとやばい。
あと試写会には出ることにしました。