- ナノ -

22私も笑って、手を伸ばした。


いやーーー!にしても、孫権が言っていたことが本当だったとはビックリした!
どうも、全部の記憶を思い出した生江こと元孫権です。というか、二重人格っていうよりも、私の亡霊みたいな感じで孫権にとり憑いていたって感じみたいなんですけど。
どうやら私は一度三国無双のゲームが発売されている現代日本で死んだあと、意識だけ三国時代の孫権にとり憑いたらしい。どうしてそんなことになったかは分からないが、勿論慌てたし、出て行こうと必死に足掻いた。
しかしどうにもできずに、寧ろ孫権が私に気付いて会話が成り立ち始めて、孫権が私が早く消えないと……とか思い悩んでいると横からそんなこと言うな! と言ってくるようになっていっていた。
ガチでやばいんじゃないか。ずっと黙っているか何かしたほうがいいのでは。とぐるぐると考えていたら、孫権が乱世を終わらせたいと思い悩んでいることに気付いた。それに、私は“ゲームをしていて未来を知っているのだから、呉が勝利するように導けるのでは”と思い立ってしまった。
それからは転げ落ちるように、どんどんと孫権に協力していって、時には孫権として表に出ることさえあった。
何をしているんだ、これでいいのか。と思い悩みながら、私がそこにいる理由が呉を勝利させることしかないように思えていたから、どうにか死ぬはずの人々を助け、戦を勝利するように言葉をかけて行った。
自分の働きのお陰か、それとも人々の努力の賜物か、呉はどんどんと力をつけて行った。

そろそろお役目御免か、と思っていたところで思わぬ事態が起こった。
于将軍が樊城で敗北したというのだ。呉以外の国がほぼ歴史通りに進んでいるのは知っていた。だが、呉が勝利する中で、樊城の戦いは発生しないと勝手に思い込んでいた。慌てて蜀と交渉し、于将軍を呉へと客将として迎えた。
迎えた于将軍は、頬がこけ、髪色は白くなっていた。

私はどうにか、于将軍が魏へと戻れないかと試行錯誤した。
それは無理だと分かっていたが、それでも努力しないわけにはいかなかった。
だって――私は、于禁さんが好きだったから。前世からずっと、ファンだった。憧れとか、そういう言葉で誤魔化したけれど、この世界にきてからずっと気にかかってはいたし、樊城の戦いが起こらないから于禁さんは曹操の元に居続けられるのだと思って、安堵さえしていたのに。

当然のようにうまくいかず、ただ于将軍と話して、どうにか少しでも心が休まるように気に掛けることしかできなかった。
そして――曹操は炎の中に消えた。私はそれを、孫権の中で黙って見つめていた。
引き留めたかった、だって、貴方が死んだら――。
どこまでも自分本位だ。けれど、それでも。死んでほしくはなかった。ああ、私は、皆好きだったんだよ。

そうして訪れた于将軍との最後の時。
私はとても、最低なことをした。
でも、そうでもしないと、きっと歴史通りになると分かっていたから。

『曹操を殺したのは、この私だ』

馬に乗り、去っていこうとする于将軍を無理やり引き留めて、耳元でそう告げた。
于将軍は目を見開いて、そして呆然として、何も言わずにそのまま去っていった。
遠目に、泣いていたようにも思えて――いつか、私を殺しに来てくれるのではないかと思った。

馬鹿なことをしたものだ。けれど、それ以外が検討がつかなかった。
殺しにでも、会いに来てくれることを望んでいた。

けれど、私の元へ届いたのは于将軍が病に倒れ亡くなったという話。
どうにかこうにか、生きてほしいと足掻いた私の働きは、全て無駄だったということだ。

なんだか何もかもが辛くなって、平和が訪れた呉を見た時に、もう私の役目は終わったのだと思った。
いなくなっていいのだと理解したのだ。
孫権にそのことを告げて、行くなという言葉を聞かずに、私は勝手に眠りについた。
何もかもを遮断して、何もかもを理解せずに、一人で消えて行った。


全てを思い出したのは、于将軍との最後のシーンだった。
それまでの撮影の中で、于文則さんの顔色が悪いことはなんとなく察していた。けれど、言うタイミングがつかめずに、ずるずると引きずってしまっていた。
最後のシーンも空白が多い――というよりもほぼ空白の台本で、一言二言だけ会話をして、于将軍が去っていく後姿を見て、咄嗟にその腕をつかんだ。
そして于将軍の耳元で何かをつぶやこうとして――私がとてつもなく酷いことを言ったことを思い出した。
同時に、それは意味がなかったのだと理解した。

このシーンは、カットされるだろうなと勝手に想像して、耳元で好き勝手喋った。
だってここは、過去ではないのだ。現代で、今は当事者たちが過去を思い出しながら撮影をしているだけ。撮影なのだから、編集はできるし、吹替だってできる。ならば、わざわざ過去と同じことを言う必要もないではないか。

『なぁ、于禁殿。私に、また会いに来てはくれないだろうか』

ああ、だからこそ。

『はい……。必ず』
『……ありがとう。待っている』

あの言葉を聞けた。
私が曹操に及ばぬと酷く痛感させれる瞬間でもあったが、それよりも何よりも、喜びが勝った。

結局、あのシーンはカットはされないが、私たちの会話もマイクに入っていなかったようで、無言で私たちが何か話しているっぽい描写となっていた。まぁ実際、私たちの会話は私たちしか知らないのだから、それでいいのではないだろうか。

次の日になり、孫権に記憶を思い出したことを告げた。
喜ばしいような、苦しいような複雑な顔をしつつ、孫権はそうか。と言っていた。
まぁ、それもそうだ。過去では私は孫権の制止を聞かずに消えて行った薄情者である。でも思い出してほしいって言ってたのにその顔はどうかと思うよ。

私の最後の撮影は、孫権との会話だ。それはそうだ、そこで私は消えるのだから。それ以降出てくるはずもない。
やはり、私は制止の言葉を聞かずに消える選択をする。

「すまない、孫権。今までありがとう」

そんな言葉を吐いて、私は暗闇に消えていく。
そうだ、あの時はこのまま消えて行った。自分の四肢が霞んでいく気がする、透明に、消えてなくなっていく感覚がする。

カット、という言葉が聞こえる前に、孫権が走り出したのが見えた。
驚いて身を固めていれば、手を勢いよく取られて目の前で叫ばれた。

「そんなことを言うな……! そんな、ことを……私は、お前に、生きていて、欲しかった……それだけだった!」

孫権は碧眼を潤ませて、それはまるで水面のようだった。
発せられた言葉に、それほど思われていたと知って、嬉しくなった。

「泣くな、孫権。先ほどのは――嘘だ」
「……は」
「あのな。死ぬわけがないだろう。今生では誰も死んでなどいないし、そもそも依然と違い意思の弱さで死ぬような私ではない」
「……」

仕方のない奴だなぁと思いながらも、愛しさがあふれ出る。
同時に彼をおいていってしまったことに、罪悪感を感じながらも、笑って言った。

「お前のお陰だ。ありがとう、“私”」

私を見つけてくれてありがとう。家族と認めさせてくれたことも、撮影に無理やり参加させたことも、何もかも感謝している。
大戦で私を好きに動いていいと説得してくれたことも、曹操を助けさせるチャンスをくれたことも。于将軍と合わせてくれたことも。全部、お前のお陰だ。
孫権は涙を拭う。

「当たり前だ。……もう、どこにも行かないでくれ」

懇願されるように呟かれた言葉に、酷く寂しい思いをさせたのだと理解して、しかし同時に想いの強さに声を上げた。

「ははは! 愛が重いな。だが、答えよう。もう、どこにもいかない。ずっと一緒にいよう、孫権」

つられるように笑った孫権だが、その目がまた水面のように揺れ始める。
それにそんなに泣くなと笑いながら抱きしめれば、痛いほどの力で抱きしめ返された。

そんな撮影がNGになりかけることもありつつ。これは私が消えるCGをつけて、後から撮影した孫権が顔を覆うシーンをつけたすことで決定した。今生では生きてるけど、前世では消えてますからね。
私が、ははは!消えてるからな! と笑ったら、孫権に思い切り頬をつねられて泣きそうになった。

残りの撮影もその日のうちに撮り終え、みんな仲良くクランクアップである。
撮影に参加した演者も集まり、かなり賑やかなになっていた。
もしかしてあの人も来ているかと必死で探していれば、スーツを身にまとった姿を見つけて慌てて駆けつけた。

「于禁殿!」
「……孫権殿」
「あ、すまん私は」
「生江殿でしょう。分かっております」

それに驚いた。取り終わったばかりだから、服装や化粧もそのままなのでてっきり間違われるかと思ったのだが。
未だに孫権以外には間違われるのだが、あてられたのはよく撮影したからなのだろうか。しかし、嬉しい。

「あ、ああ。そうだ。それで、病院には行っただろうか。余計なお世話かもしれんが、ほらその、撮影は体力も精神も使うだろう。あまり無理をされてはいないかと心配なのだ」
「……病院には行きました」
「ほ、本当か! それで、結果は」
「……少し薬を貰いましたが、安静にしていればよくなるとのこと」

く、薬!! や、やっぱり顔色悪いと思っていたのは間違いじゃなかったのか!
滅茶苦茶動揺した。が、安静にしていればよくなるという。そうだ、別に手遅れとかではない。
安堵しつつ、しかし言葉が出てくる。

「しっかり安静にするのだぞ。仕事も駄目だ、安静の意味がなくなる。全治したと医者が判断してからだ。でないと逆戻りになる。薬を飲んで休んでくれ」
「そのつもりではあります。病を抱えながらでは、迷惑をかけるだけでしょう」

そ、そっか。それならよかった。
しかし、于文則さんを見つめて、違和感を覚える。
なんだろう。別に、変わったところもないが。
……ああ! 敬語! なんか敬語使われてる! なんでだ!?
内心で慌てて、どうしてかと理由を探る。そして、もしかして私に原因があるのではと思った。そうだ、私はなんで于文則さんにこんな口調で話しているのだろう。撮影は終わったのだから普通の口調でいいじゃないか! 思い出したからか、なんだかこっちのほうが喋りやすい気がしてしまっているから、孫権のような話し方になってしまう。

「あーえーっと、その」
「お前は」
「あっ、はい!」
「……お前は、何故私に良くしたのだ」

大人数でざわつく中で、于文則さんの声はよく聞こえた。
通常の言葉で、何を喋ろうか悩んでいるところでそういわれて、暫し思考が止まる。
どう答えよう。と迷って、迷ってから、苦く笑って本音を告げた。

「あの時は、憧れだとか、そういう言葉で誤魔化していたが……。私は、貴方を好いていたのだ」
「……」
「すまない、幻滅したか?」

照れと申し訳なさとで顔が引きつるのが分かる。
目を瞠って黙り込んだ于文則さんに、沈黙が下りた。
暫く何も会話が起こらず、私が気まずさに目を逸らしたときに、于文則さんが口を開いた。

「……そうか」
「あ、ああ。一応、そうだ」
「……ところで、お前は体調は良くなったのか」

えっ、あっ、話を逸らされた……。
いやまぁそうだよな……。そりゃそうだよな。うん。
いや、別にショックとか受けてないし。
一つ咳ばらいをして場を濁しつつ、体調を気遣われた喜びをかみしめることとした。
そして体調であるが、実はあまりよくない。熱っぽいし、頭痛はするし、最近は夜もあまり眠れない。
しかしちゃんと病院には行っているし、薬ももらっているので、撮影も終わったので薬を飲んで安静にしていればよくなるだろう。

「まぁ、その、私もこれから良くなるっていう感じです」
「……他人には言うが、己は怠慢か。直ぐに病院にかかれ」
「いや、ちゃんと病院には行ってますよ! 薬ももらってますし」
「以前より時間がたっているが、まだ治っていないのだろう。大きな病院に行き隈なく検査しろ」
「えっ、いや、お金が……」
「孫堅殿がいるだろう。それに、足りぬというのなら私が持つ」

え、ええーーー! いやそれは流石に悪いっていうかそこまで心配してくれてるっていう解釈でいいんですか于禁殿!
感動して思わず頷いてしまった。やってしまった。だって人間ドックって結構お金かかるんですよ。私日本国籍なんで、どのぐらいお金かかるかも分からないし。
嬉しいような困ったような、とどっちの表情をすればいいのかと思っていれば、背後から声がかかる。

「ここにいたのか生江。勝手に側を離れるな」
「孫権、なんだ。寂しいのか?」

声色から予想して振り返れば、やはりそこには孫権がいた。
反射で茶化してしまった。あはは、と笑っていれば、再び頬をつねられる。

「痛い痛い痛い!」
「私がどんな思いをしていたかも知らずに!」
「いや、すまん! 思い出してハイになってるんだ、勘弁してくれ!」

正直、普通の時ならあんな冗談は言わない。
思い出したばかりで、同じ記憶を共有できていると分かって嬉しいのだ。
今までは思えておらず、一人だけ除け者だったから、こうして理解して共に居れることが喜ばしい。
だから普段は言わない軽口が出てしまうのだが、孫権にとってはあまり気分のいいものではないのだろう。怒らせてばかりだ。

「そ、孫権殿。そこまでにしたほうがいいのでは」
「……于将軍。貴方がそういうのなら……」

孫権が渋々、といった風に手を離す。
前回つねられた方と同じ頬をつねられたので、痛みが倍増のような気がする。
頬を摩りながら二人の様子を見る。孫権も私ほどではないが、常勝将軍には憧れていたため、態度が柔らかい。というか、たぶん孫権の憧れは私がよく于将軍の動向を気にして情報などに目を通していたからかもしれない。
まぁ、仲良きことは美しきかな、である。私は于禁さんが一番好きで、次いで孫権をよく操作で使用していた気がするので、馴染みある二人がこうして仲良くしてくれるととても嬉しい。
また、曹操と于禁さんが仲良くしているのは、ちょっと嫌だ。だって私は曹操に負けたのだ。そりゃあ嫌というものだ。
二人をニコニコと見つめていれば、孫権がそんな私に気付いて手を差し伸べた。

「乾杯をするからお前を探していたのだ。さぁ、行くぞ」

孫権の手のひらを見て、その手に触れられる幸運に目を細める。

「于禁殿も来るだろう?」
「ええ。ここに来たのですから、乾杯に参加しないほど野暮ではありませぬ」

于禁さんに問いかければ、肯定が返ってきて笑みが零れる。
ああ、幸せだなぁ。

「……孫権」
「なんだ?」
「ありがとう」

そう告げれば、孫権は少しだけ笑みを浮かべた。
私も笑って、手を伸ばした。