- ナノ -

16「孫権」はちゃんと、曹操を殺せるのだろうか。


なんだろう。最近すごく寝付きが悪い。
というか、昼夜逆転生活になっている。たぶん、原因は撮影だと思う。終盤に差し掛かり結構無茶というか、無理を監督ーー曹操が行ってくるのだ。演者はガチで戦をしている気分ですよ。夜の撮影も多いし、連日の体の酷使で風邪っぽい症状も良くならない。

それに……空白が多い台本を演じれば演じるほど感じる――「私」の不安。
史実をなぞるこの物語で、私の不安は現実のものとなる。そして同時に、出会えた喜びは地獄と変わる。

「孫権」はちゃんと、曹操を殺せるのだろうか。

総力を集め、知恵と力で競り合い、自分たちの正義を、夢をぶつかり合わせる。
激しい戦いが続き、しかしだんだんと押されていく魏。勢いづく蜀と呉。そして遂に追い詰め――魏王との戦いとなる。

私はその中で、孫権とは別に行動していた。戦場をかけ、敵を倒しながら、ただどうしようもなく武器をふっていた。
もう、どうにもならない。この後を知っている、未来が分かっている。
それでも諦めきれなくて、ただ武器をふるった。

私の前世の知識では、呉が天下を収めるルートでは呉と蜀が協力し、魏王を討つ。しかし孫権は最後まで、曹操へ協力を求めた。だが曹操はそれを拒否、炎の中へと消えていく。

走って走ってたどり着いた先、そこには燃える曹操の墓となる場所があった。

孫権に気づかれぬよう、すれ違いに中に入る。
撮影班や監督、そして孫権にも好きに動いていいと言われた。孫権が周囲を説得したというのが正しいが、仮にもこの決戦で影武者が好き勝手に動くのはおかしいんじゃないか、そもそも私は孫権の二重人格なのに。と主張したが、孫権は黙って首を振って「したいようにするといい」と言った。
そして放置されて、ならばどうしようもない。ただ、思うがままに駆けるしかないじゃないか。
炎が烟る中で、熱さと息苦しさを感じながら進んでいく。
たどり着いた先、短い階段上に設置された椅子の前で立ち尽くしている男がいた。

「……曹操」
「お前は……魏の者ではないな、呉の者か」

振り返った曹操の服は所々破れ、血が滲んでいた。刃こぼれした刃は今の彼を表しているようだった。

「お前達の主の勝利だ」

それでもなお、堂々とした面持ちでそう告げる曹操に、言葉が口をついで出た。

「お前は、死ぬのか。自らの正義のために、夢のために」
「ああそうだ。わしの最後は、わしが決める」

当然のごとく己の死を宣言する。
今から死ぬのだと、そしてそれに一つも負い目などないのだと。
その選択が、多くの者に絶望を与えるとも知らずに。

「――ああ、あなたは正しく、王なのであろう」

周囲の絶望を理解せず、ただ自らの理想のために死ぬお前は、正しく王だ。

曹操のマントが熱風にたなびく、熱さが肌を焼き、その場にいるのは危険だと訴えかけてくる。踵を返そうとしたその時、建物の崩壊する一際大きな音が鳴り響いた。
咄嗟に顔を見上げると、火をまとった巨大な木の柱が頭上から落下していく様子があった。
その真下には――曹操がいた。


「っ、曹操!!」

迷っている暇は無かった、けれど走り出しながら思った。ここで彼を助けてどうするのかと。彼はここで死ぬのだ。魏王は死に、そして新たな君主が三国鼎立を成す。彼が生きていれば、逆に平和は遠ざかる。

ああ、けれど、けれど。
生きていてほしい、あの人のために。

弾き飛ばすように飛びついて、そのまま床を二人で転がった。直後に背後で耳をつんざく音とともに柱が真っ二つに折れる。
曹操を守るように抱きしめて、音が鳴り終わるまで強く抱きめ続けた。やがて静まり返り、胸元から心音が聞こえるのが分かった。体の力が抜ける。

「……死ぬなどと言うな、それがお前の道だったとしても、私は――死んで欲しくはなかった」

そう呟くと、背に手が回った。
そのまま抱きしめられて、なんだかとても泣きそうになった。


はた、と私はとんでもないことをしてしまった気がして顔を上げる。するとそこには曹操の顔があって、私を見ていた。

「……私は何を……?」
「老朽化していたためか落下してきた柱に潰されそうなわしを助けたな」
「……老朽化?」
「ああ、撮影は中止だな」

周囲を見てみると、スタッフが焦った声を上げていて、こちらに駆け寄ってくる人達もいる。背後を見てみると、真っ二つに割れた巨大な柱が鎮座していた。
周囲は今日の撮影のために曹操社長が貸切にした世界遺産の建築物での撮影で、周囲にはカメラや小物が置いてある。
もちろん、世界遺産に火など放てないので炎なんてない。

「……」

なにかおかしい、と首を捻る。
私は確か、ここで炎の中で曹操と退治していなかったか。
首をひねりながら、腕の中にある温かさにはっとした。どうして私はまだ曹操社長を抱きしめてるんだ。何だかよくわからないが、曹操社長を助けたならそれは良かったのだが、いつまでも抱き合っている必要も無い。

「すみません、すぐに離れ……あれ」
「ふむ、よくよく見れば随分」

離れようとしたのに、体が全然離れない。というか動かない。強くないのに、全くもって外れない拘束を曹操社長がしていることに気づいて顔がひきつった。なんで離してくれないんですか。やっぱり孫権が曹操殺したの怒ってるんですか!
更にはじろじろと顔を見つめられて、変な汗が出てくる。余計に逃げたいのに、どうやってもそれが許されない。

「あ、あの、曹社長?」
「曹操でよいぞ」
「えっ、えっと、そ、曹操さん……?」
「うむ、それでだ」

ニヤリと曹操社長、もとい、曹操さんが笑う。なんだ、なんか寒気がするぞ。思わず身を固くすれば、そのままの笑顔で曹操さんが爆弾発言をかました。

「確かおぬしは孤児だと聞く、わしの養子にならんか」

えっ……………………………………いや、ちょっと遠慮します。