- ナノ -

17一番になりたいよね。大事な人なら、何よりも。


その後、やってきたスタッフに怪我をしてないか確かめるのでと言われても曹操さんが離してくれなかったり、慌てて駆けつけた孫権が曹操さんの話を聞いてブチ切れたり、少し遅れてやってきた孫堅さんが曹操さんと乱闘しそうになったりしてたが、とりあえずはけが人も無くその場面のシーンは終了した。

私と曹操さんは転がった時の衝撃でアザが出来てしまっていたが、それも湿布を貼れば消えてしまいそうなもので、私はと言えば治療を受けて控え室で安静にしててくださいと言われていた。
私の撮影シーンはあと二つのみだ。随分長かったように思える。実際長かった。撮影を優先したら単位をいくつか落として留年の危機に陥ったりしたが、それもどうにか切り抜けた。
最後の二つは、空白の部分がちらほらある。一番最後のシーンは孫権との会話、そしてもう一つは、于禁将軍を魏へと見送るところだ。

控え室でやることも無かったので、ぼーっとその部分の台本を眺めていれば、扉がノックされる。

「私だ、入っていいか」
「孫権か、いいよ」

かなりだらけていたので、髪ぐらい整えてからにしようかと思ったが孫権なら別にいいかと思う。
入ってきた孫権もだらけていた私に何も言わずに隣の席へと座った。

「怪我がなくて良かったぞ」
「うーん、そうだね」
「他人事のように言うな」
「いや、なんか現実味がなくて」

眉を上げる孫権だが、実際そうなのだ。現実味がない。咄嗟に走り出したのは覚えている。けれどそれまで私が見ていたのは、炎に飲まれる屋敷と、そこで消え入ろうとする王だった。
白昼夢でも見ていたのだろうか。

「……しかし」
「何?」
「お前は、曹操を助けたかったのだな」

それを聞いて、しばし首をひねった。
きっと孫権の言っているのは台本の「私」だろう。
「私」は曹操を助けたかったのだろうか。そう考えると、素直に頷けばしない。
曹操がいれば、三国鼎立は実現しない。平和を求めるのならば邪魔な存在のはずだ。呉の存続を考えるならば、犠牲という面でもあの場で消しておくべきだ。
けれど

「……曹操は、国外からは恨まれてただろうけど、国内からは尊敬されてただろうからね」
「それは」
「悲しむ人もいるでしょ、于将軍とか」
「ふ……やはりそれか」

笑うなよ、結構重要なことですからね。推しキャラには幸せになって欲しいタイプのオタクなんで!

「それに、ほっとけないでしょ、目の前で死にそうな人がいたら」
「……そうだな、お前はそういうやつだ」
「なにそれ、孫権だってそうでしょ」

そう言えば、孫権はどうだろうな、と言って黙ってしまった。な、なんだろう。不穏だな。
けれど少なくとも私は目の前で死にかけている人がいたら死なせたくなくなってしまう。そのまま死んでしまったら罪悪感で私が死にそうになってしまいそうだし、今回は何よりも

「曹操だって、好きだし」
「…………?」
「何変な顔してるの?」
「……好きなのか、曹操が」
「え? うん。基本的に魏の武将達はみんな好きだよ」
「み……」

みってなんだ。セミか?
険しいのかあほづらなのか分からない顔をしている孫権に、眉を寄せる。なんで孫権は起動停止一歩手前のなんだろう。

「ご、呉は! 呉はどうなのだ!」
「好きだけど」
「え、」
「蜀もいいよね」
「な……」

口を金魚のようにパクパクと動かす孫権に、さらに眉を寄せる。三国無双は前世からのファンだし、于禁さんが一番好きだったから魏をプレイすることが多かったし、その他の国ももちろん好きだった。たぶん時点で操作してたのは孫権だろうか。そういうことにしておこう。
反応がないので、台本でもまた読み直そうかと手に取って目をそらした瞬間に、両肩を掴まれて驚きに台本を手から落とした。

「そういうことは、絶対に他では言うなよ」
「……な、なに、なんでそんなに怒ってるの……」
「怒るに決まってるだろう!」

明らかに怒り心頭という面持ちをしている孫権に思わず後ずさろうとして、肩を掴まれていてできないことを悟る。
そ、そんなにやばいことを言っただろうか? なんだ? 何か地雷を踏んだのか?
顔を赤くして孫権は言う。

「お前は私だ! お前は呉の君主なのだぞ……! 呉を、一番に……」
「……」

しかし、その勢いはどんどんと萎んでいき、最後には口をつぐんでしまった。
それに、思わず目を瞬かせる。呆気なかった。けれど、怒られたあとに孫権の気持ちが少しわかって、手を伸ばして頭に触れた。

「……ごめんね」

一番になりたいよね。大事な人なら、何よりも。
――私もきっと、一番になれなかったから。だから、気持ちがわかる。けれど、私にとって呉はきっと一番ではなかった。

頭を撫でながら、謝罪を繰り返す。孫権は首を横に降ったあとに、黙って私を抱きしめた。