- ナノ -

15「……あれ」


ズキズキと頭が痛む、その痛みに耐えかねて目を開けば、陽の光が顔の部分だけを照らさずに影ができていた。なぜだろうかと思い空を仰げば、于禁将軍が私の顔に日がかからぬように動いてくれていたようだった。
一面に広がる草原を見ていた于禁将軍の横顔がこちらを向く。黒い瞳に見つめられて、何か、とても――苦しくなった。

カット、という声が響く。
それにあっ、と思い次いで于禁将軍の――于文則さんの視線が逸れた。それに、私もいそいそと身体を起こした。

「……于文則さん」

一面の草原を眺めながら言葉をつぶやく、聞いているか分からないまま、問いかけた。

「心は、癒されましたか」
「……悪くはなかった」

その言葉に目線を向けて、混じりあった瞳に少しだけ笑いかけた。

その後、孫権に褒められたりなんだりしつつ撮影を行っていった。
しかし、なんだか頭痛が取れない。それから熱っぽい。最近体調が悪い時が1日に何度がある。風邪薬も貰っているが、あまり聞いていないらしい。リンパも腫れているような気がする、が、そこまで酷いものではないので、別に日常生活や撮影には影響はない。
撮影もスムーズとはいえ、7まで撮ると総合すると随分長い撮影期間になる。
撮影中はなんだかんだと体力の消耗が多いし、撮影が終われば良くなると思う。
早く撮影が終わらないだろうか。

撮影は進んでいく。
あともう少しで――曹操の終わりの戦だ。



私は焦っていた。それは、当たり前だ。焦るに決まっている。魏との最終決戦の機運が高まっている。このままでは、三国での争いとなるだろう。
早く、早く。

「何を焦っているのだ」
「……焦ってなどいない」
「嘘をつくな、そんなお前の姿初めてだ」

必死で、歯噛みをしながら筆を握る。書いて途中で捨てた書簡が床にいくつも落ちている。
それらは全て魏へ送るはずの書簡だった。何度も何度も書き直し、筆を投げ出しそうになりながらも、どうにか机に追いすがっていた。

「于将軍は、もう魏には戻せない。お前がよくわかっているだろう」

痛ましい表情をして、孫権がただただ事実を述べてくる。だが、違う。そうじゃない、そんなことは分かってる。それど、それを良しと出来ないから私は今こうして文を書いているというのに。

「いや、まだだ、まだ」
「……なぁ、お前は何故そこまで于将軍に肩入れをする?」

その言葉に、書簡に向けていた目を孫権へと移す。顔を歪めたあとに、何を言っているんだと返事を返した。

「憧れていた、それはお前もだろう」
「ああ。魏の常勝将軍、一目でもと思ってはいた。だが、お前ほどではない」

書いた書簡を床に投げ捨てて、吐き捨てるようにいう。

「……憧れだったんだ、遠い、遠い、昔から」

ああ、それはきっと、生まれる前からの。


孫権との撮影をし終わって、演技とはいえ床にたたき落とした書簡を拾っていく。
演出用の小物なので、文字が書かれたものと書かれていないものがある。それらを拾っていて、屈んでいた膝を起こした時に丁度頭痛が頭を襲った。思わず持っていた書簡を落としてしまい、多くの数が床へとまた散らばってしまった。

「やば……」

慌てて拾おうとすれば、驚きに目を見開いた。
文字の書いてあるものと、無いものがあるはずの書簡。だが、そのどれもに、悲痛なまでに文字が書き連ねられていた。
どれもこれも、于禁将軍を魏へと戻すための文だ。何もかもが、彼のためのものだ。
脅迫概念的なそれに、思わず後ずさると、背中がなにかに当たった。

「うわっ」
「生江。片付けもいいが、次の撮影の時間がもうすぐだぞ」
「あ、ああ、うん」

ビックリして勢いよく振り返れば、そこには孫権がいた。それに安堵しつつ、書簡をちらりと見る。

「……あれ」

そこには、何個かに文字は書かれているが、空白部分が沢山ある、小道具の書簡の山だった。