- ナノ -

14草地に身を任せ、目を閉じる。心は休まっているのに、何故かズキズキと頭痛がした。


撮影に挑む于文則さんは酷くやつれているような顔をしていた。
実際にやつれているのではなく、そのように見えるメイクなどをしているためであるが。
美しかった黒髪は灰色交じりの白髪となり、頬は少しこけている。それでも厳しい表情は変わらずに、逆にそれが痛々しいと感じた。

「何か、不便なことはあるか。必要なものがあれば持ってこさせよう。呉と魏の生活の仕方は少し違うだろう」
「いえ、勿体ないほどの扱いをしていただいております」

確かに、降将にする扱いではなかった。
豪華な屋敷に、君主が様子を見に来る。食事も衣服も不足しているものは恐らくないように思える。あるとすればそれは、台詞通りの国柄の違いなどの物品だろう。
やつれた姿だからか、普段の厳しさが感じられない様子に、なんとなく気まずく思う。いや、どうしたらいいか分からない、か。
私が実際にここにいたらきっと、同じようにどうしていいかわからないでいただろう。なぜなら私は彼がここにいる姿を想像していなかったのだから。
樊城の戦いは起こらないと、起こらないでいてほしいと勝手に思っていたはずだ。呉の勝利の中で樊城の戦いというワードは消えたはずだと。だが、そうはならなかった。
こんな形で、彼に会おうなどとは。

「ここは快適か?」
「はい、ご好意のお陰で」
「なら、ここは休まるか?」

それに、于文則さんが……いや、于禁将軍が目元を僅かに動かす。一拍置いて口を開こうとした于禁将軍に、首を横に降った。

「そうだな、休まるわけもないな。かく言う私も近頃疲れが取れぬ」
「……このような場所におられず、お休みになれば良いのでは」
「……」

ふと、演技中なのに宴会の日を思い出した。あの時も同じような会話をしていなかったか。あの時は孫権が理由で帰ることは出来なかった。なら、今はどうだろう。
少し悩んだあとに、于禁将軍へ笑いかけた。

「ああ、なら于将軍もいかないか。よく疲れが取れる場所を知っているのだ」

顔を困惑の色に染めたのは、于禁将軍か、それとも于文則さんか。


よく疲れが取れる場所ってどこだよ、という話になり、なんとなく草原的な……という私のクソ適当な言葉により、撮影場所は今回の現場から少し歩いたところにある、1面の牧草地となった。こんな場所あったんですね。幸運としかいいようがない。
そしてまた撮影が始まる。とりあえず草原に突っ立ってみた。まぁたしかに、部屋の中にいるよりは休まるかもしれない。

「美しい場所だろう。よく子供の頃は、兄や妹と来ていた」
「……ええ、美しいと思います」
「休まらないか?」
「いえ……」

昼間の暖かな日差しに照らされた、やつれた姿の于禁将軍はなんだかチグハグだった。
その姿に目を細めて、一歩、二歩と距離を開け、その場に倒れた。

「な、孫権殿……!?」
「ははは! ふかふかするぞ、于将軍もやってみるといい」
「いきなり何を……」

于禁将軍は動揺しながらも、私が何も無いとわかると呆れを滲ませた声を出した。それに笑いながら、確かにふかふかしている草地に身を任せながら言う。

「こうしていると、心の疲労を溶かしてくれるようなのだ」
「心の疲労、ですか」
「ああ……。呉は勇猛だが、同時に慈悲深い。あなたはここでそれに抱擁されても良いのだ」
「……ですが」
「許せないのなら、腰を落とすだけでもいい。心と体は繋がっている、どちらかが疲労していればどちらも欠ける」

于禁将軍に手を伸ばしてみれば、眉間に深いシワを寄せたあと、数秒して、ゆっくりと手が伸ばされ、指に触れた瞬間に引っ張る。
驚きの声をあげ、腰をついた于禁将軍に笑い声をあげた。

「どうだろうか」
「……悪くはないかと」
「ふふ、そうか」

悪くないならいい、少しでも心が安らんでくれればいい。暖かな陽気の中で目を閉じる。
優しさの中で眠っているようだ。私にとって、きっと呉とはこういう国だったに違いない。異端である私を知らず受け入れてくれ、孫権は必要としてくれた。
その中で確かに私は救われたのだ。
だから私は

「……于禁将軍、人の厚意を受け入れいだかれるというのは――」

生きていいのではないかという、錯覚を覚えさせてくれる。

草地に身を任せ、目を閉じる。心は休まっているのに、何故かズキズキと頭痛がした。