- ナノ -

13脚本はそれぞれの記憶を頼りに作られている。


ナンバリング最後の7は魏との最後の決戦と、蜀と呉、曹操のいなくなった魏の様子を映している。
一番の盛り上がりは勿論魏との戦いだ。史実と比較しても強大になった蜀と呉に押され、三国の総力戦となる。
だがその中で孫権は――いや、孫権の影武者は悩んでいるようだった。最後の最後、ここまで来て、これが正しいのかと苦悩している。理由は脚本の中には書かれていない、だが、私には“彼”が理由だとすぐにわかった。
私なら――きっとそれで悩んでいるだろうから。
呉の歴史は大きく変わった、だが、蜀と魏の歴史はそれほど変わらなかった。三国が平定された後は異なるが、それまでの道筋――簡単に言うと人の顛末は同じだ。そしてそれは、彼も同じ。

「――貴方を、客将として迎えよう」

そう言った孫権に、彼は――于禁将軍は酷く、苦し気な顔をしていた。

脚本がところどころおかしなところがあった。
歴史書でも書かれるぐらい、孫権は呉に迎えることになった于禁将軍を厚遇した。その中で孫権は魏との戦いが起こる前に于禁将軍を魏に帰そうとしたが、努力虚しく情勢がそれを良しとせずに、魏の曹操が討たれた後に于禁将軍は魏へと帰された。その際に孫権は于禁将軍を泣いて引き留めたとか、逆に興味が失せて追っ払ったなど異なることが歴史書ごとに書かれている。
ただ、はっきりしているのは于禁将軍が魏へと戻った後、まもなく亡くなったことだけだ。
脚本には于禁将軍と孫権の対話がいくつかある。それはまぁ、特徴的な歴史の事柄だからいい。けれど、それが影武者である私との対話であり、更には脚本に穴が多い――つまり台詞がなくアドリブの部分が多いと、どうしていいか分からない。

「こんなんじゃ演技しようにもできないじゃんか……」
「しようとしなくていい。ただ、その時の自分の気持ちになって話せばいい」
「無茶いうなよ……」

控室で白い台本を食い入るように見つめながら呻いていれば、隣でつい先ほど出演場面が終わった孫権がそんなお気楽なことを言う。何度だっていうが、孫権の二重人格だったとしても、私は記憶を思い出していない。だっていうのに、その時の自分の気持ちになって話せばいいなんて、酷いことをいう。
孫権は私の手から台本を取り上げて、私はあっと声を上げる前に本を閉じてしまった。

「今まで演じてきた己を、自分だと考えてみろ」
「……無茶を言う」
「無茶じゃない、今までも自然と言葉が出てきたことはあったろう」

それは、その通りだった。
自然と言葉が出てきて、驚いたり、酷く納得したりしたことは何度かある。
だが、それを全て1シーンやれ、と言われたら無理だとしか言えないだろう。

「……お前は、于将軍と話すとき、専ら二人きりだった」
「周泰は」
「周泰も下げられていたそうだ、于将軍を警戒させたくないからと」
「……孫権は」
「私だって聞き耳を立てたりしないさ、お前は、あの方との時間を大事にしていたようだったから」

脚本はそれぞれの記憶を頼りに作られている。
つまり、もう私には頼る相手がいないということだ。周泰も孫権自身もきいていない。
ならば、残るは自分自身と――



「――于将軍」
「……何用でしょうか」

「そうだな、あえて言うのならば――貴方と話してみたいと思ったのだ」

――孫権という名の私との時間を忘れている、貴方しかいない。