- ナノ -

12ひ、一言でもいいから、謝らないと、これ、駄目な奴ですよね……。


頭痛と戦いながらも、どうにか必要な場所の台本を一通り読み終えた時には30分が経過していた。
痛みのせいで、長かったような気もするし、于文則さんとの読み合わせということでとても短かったような気もする。
頭を使うことがなくなったせいか、台本を読み終わったときには頭痛は消えていた。でも、今までそんなことなかったんだけどな。
だが、思わぬ事態が発生していた。土砂降りの雨が付近にあった川を増水させ、決壊させたというのだ。道は全て浸水し、電車は止まり、実質撮影施設へ私たちは閉じ込められていた。
結局撮影は中止となり、撮影施設で一夜を明かすこととなったが、私は焦りまくっていた。
于文則さん、家に帰って仕事の予定だったのに……! 私が引き留めた挙句、帰れなくなっちゃったんだけど……!

勿論、この土砂降りの中、家までも帰れない。
于文則さんは眉間に深い皺を刻んで、周囲もとてつもなく不機嫌なのだと悟るほどの表情をしていた。
ひ、一言でもいいから、謝らないと、これ、駄目な奴ですよね……。

皆が近寄らない于文則さんに、こっそりと近づいて、横にひっそりと立つ。
横目で于文則さんの表情を見ると、物凄く険しい顔で施設の玄関を見つめていた。玄関は固く締められ、ガラス部分には雨が激しく打ち付けられている。一瞬の鋭い光や、雷の音。強風が扉を叩きつける音で煩いほどのそこを一緒に眺めてから、一つ息を吸って声をかけた。

「……台本の打ち合わせ、ありがとうございました」
「……」
「その、引き留めてしまってすみませんでした。……けど、この30分前に出て行って、この雨で大変な目に合わなくてよかったとも、思います」
「……」
「ええと、その、本当にすみませんでした! お、お詫びにまた後で何か――!」
「お前は、体調が悪いのか」
「へ」

自分でも何を言っているのか分からなくなり、全力で頭を下げようとしたところで、声を遮られた。
思わず口を開いたまま数秒固まった後、于文則さんの視線がこちらを向いたので慌てて口を閉じた。しかし、体調が悪い、とは。
話題が全然違うし、そもそもなぜ私の体調の話などになったのだろうか。困惑していれば、于文則さんが言った。

「読み合わせの最中に、苦痛を伴う顔をしていただろう」
「え、あ……そう、ですね。頭が痛くなって……」
「自己管理はしっかりとしろ。……私は持ってきたノートパソコンで出来る限り仕事をする。お前は直ぐに睡眠をとれ」
「あっ、まっ、そ、その! 私ポケットWi-Fi持ってるので、つ、使ってください!」

背を向けて去ってしまいそうになる于文則さんを引き留める。
どうにか足を止めてくれて、安堵の息を吐いた。その背を追いかけて、前に立つ。

「……では借りさせてもらうが、使用代金は払うぞ」
「いや、いらな――は、はい」

いらない、と言おうとしたところで于文則さんの目付きがものすごく鋭くなり、慌てて訂正した。
私が原因な部分もあるので、気にせず使ってほしいのだが彼の性格からするとそうはできないのかもしれない。
于文則さんが寝泊まりする場所に持っていくと約束して、化粧と服装を先に直してこい。と注意を受ける。慌てて控室へと戻る中で、思わず上がっていた口角を両手で抑えた。
于文則さんに、心配されてしまった、かもしれない。
嬉しいが、もしかしたら風邪かもしれない。頭痛に、思えば少し熱っぽいかもしれない。
風邪薬を飲もう、と思いながら、やはり笑みが収まらなかった。