- ナノ -

10なるほどこれは。


――ねぇ、孫権より先に死んだって、
――ああ、だから、

「もう、そうなっては欲しくない、ねぇ」

孫権の言葉を思い出しながら鏡を見る。
そこには私が映っているはずだが、化粧が施され、髪を整えられ、体格を誤魔化す服を着せられた、孫権にしか見えない私がいた。声色から私だということが自分でも認識できているが、鏡だけを見ていると本当に孫権本人がそこにいるような気がしてならない。
これは……双子としかいうほかないなぁ。

撮影はさっそく始まり、曹操社長や劉備学長、孫権は比較的多く、そして全体的に出てくるのでよく撮影が行われる。まだまだ取り始めたばかりだが、影武者設定の私もなぜか出番がちょこちょことあり、孫権が撮影の時は一緒に足を運んでいる。
しかし曹操社長の経済力というか、本気度がやばい。世界遺産に指定されている屋敷を貸し切りって大丈夫か。頭沸いてないか。確かに数時間とかだけどさ。それを何日も繰り返してるし、ニュースで称賛とか批判とかの文面を見るぞ。
CGも存分に使うし、小物も国宝に指定されているものを用意してくるし、かなりハラハラする。もう怖すぎる。
メイクも服もガチだ。だからこそこれほどまでに似せられているというのもあるのだが。
台本は少しずつ役者へと配布されていく。人々の記憶や歴史書をまとめながら、話としてもスムーズに進むようにして、観客を楽しませる娯楽とするために色々難儀しているらしく、一気にページ数が増えることはない。話の流れとしては史実があるためにそこまで心配はしていないが、何やら話をまとめる担当になった各国の軍師たちがもめているらしい。頑張ってとしか言いようがない。
私はと言えば、思うところはあるものの記憶は思い出せないため台本通りに進めている。
だが、台詞が飛んで咄嗟に出てきた台詞などが孫権からするとピッタリ当てはまっていたりするらしいので、なんというか、本当に私は孫権の二重人格だったのかもしれないと、最近思うようになった。

控室で一人、ちょいちょいとつけてもらったもみあげを弄っていれば、扉が開いて見知った人物が姿を現した。
周幼平さん、いわゆる周泰役であり、周泰の生まれ変わりその人である。勿論記憶は所持しており、孫権とよくいるため私も仲良くはさせてもらっている。はずだ。言葉が少ないので仲良くなれているのか分かり辛いなのでなんとも。
ただ、時々変に気遣われたりするので、扱い方に難儀しているのだろうとは推測しているが。
孫権はよく周泰周泰と名を呼んでいて、迷惑ではないのかとも思うが、まぁ昔からの仲だからこそだろう。周泰も孫権のボディーガードという意識があるのか、自らも進んで近くにいる。将来社長になった孫権の隣にいる周泰が想像に固くない。

私も出る撮影の箇所が回ってきたのだろうか、と声をかけようとした。

「周泰」

しかし、そう口に出してからやべ、と思う。
撮影の中で、私も孫権なので周泰のことは周泰と呼んでいる。影武者だから、孫権の代わりに表に出ることもあるためだ。それに引きずられたらしい、いつもは周さんと呼んでいるのに。
誤魔化そうとしたところで、周幼平さんが口を開いた。

「殿……生江殿は……」
「……え? ……ああー」

なるほどこれは。
確かに、似ているよね。どうやら周幼平さんは、私と孫権を間違えたらしい。
私を孫権だと思い、私を探している。ここにいるのに。
しかし、いつも孫権を呼ぶとき、時代錯誤に殿、と言っているので、なんとなく面白く感じる。殿が私になったぞ。
撮影では言われるものの、こういう素の時は当たり前だが言われることはないので、ちょっといたずら心が芽生える。
椅子から立ち上がって、周幼平さんに近づく。私が近づいてきたのを察して、見てくる瞳は欠片も疑っていないようだった。
目の前に立って、ちょっと見つめてみる。だが、それでも気付かないらしい。じっと見つめ返されて、思わず笑った。

「私はここにいるぞ、周泰」
「……?」

周幼平さんの首が、ちょっとだけ傾く。それに、笑い声を耐えかねてちょっと吹き出してしまった。

「殿……?」
「ふ、すまない。ふふ、いい。大丈夫だ。ありがとう、呼ばれているのだろう?」
「はい……生江殿が……」

遠回しに孫権ではない、と言われて、更におかしくなった。
声も低くしているから、声での聞き分けもきかないのだろう。背の違いも、シークレットシューズと同じ原理で孫権とほぼ同じ背丈にしているから、そこでの見分けもつかない。
そろそろネタ晴らししようかと思って、ふと思いつきを口にすることにした。

「周泰、お前には感謝している」
「……殿」
「これからも、孫権のことを頼むよ。あの子は結構、私には頼りないように思えるから」

そう告げた時、周幼平さんの目が見開かれた。珍しい表情に、また一つ笑った。

「……生江、殿?」

笑ったまま布を翻して部屋を後にした。
振り返って、手を振ってそのまま早足で撮影場所へと向かう。
手を振った先、周幼平さんは驚いた顔のまま、私の方に手を伸ばしていた。