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違えた『約束』を貴方に

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たぶん、私はあの時正常な精神状態じゃなかった。
ともすれば錯乱状態で、息も荒れていて、目の焦点はあっていなかったかもしれない。
だって、あの時兄がどんな顔をしていたか、自分が何を言ったか正直あまり覚えていないのだ。
ただ、気づけば目の前には首輪をつけて鎖をベッドの足に絡ませて、両手首をお粗末な手錠で繋がれたS級ヒーローがいた。
自分の部屋にいた兄に、それを自分がやったのだと理解せざるを得なかった。
例えば怪人が、例えば催眠術を、例えば幻覚を――そう考えるのは容易だったけれど、そのどれもが違うと咄嗟に理解していしまった。
だって、目の前の兄は私をやはり強い瞳で見つめていたし、私を善子と呼んで、大丈夫か。気分でも悪いのかと心配してきたのだから。

私は、その強い眼差しを抉り出したい、私を気遣う舌を引きちぎってやりたいと、その時心底思ったことを覚えている。

オムライスを全て与え終えて、空になった皿を見る。
兄は私の料理を残したことなど、一度もない。初めて作った失敗作から、間違って手を切ってしまって鉄の味がしたものまで全て完食してきた。
それはこの監禁生活が始まってからも変わりなく、兄は全て食べてから、満足そうにこういう。

「おう、美味かったぜ」

気味が悪い。
何を、この状況で言っているのだろうか。
そんな感想を言う前に、目の前に愚妹に何かいう事があるだろうが。
正義のヒーローとして、家族が、妹が、こんなことをしているのを見逃していいのか。
それも、自分自身に。

スプーンを握った手を強く締めて、いいようもない憤怒を募らせる。
怒りに燃えるのは恐ろしく理不尽だ。ここで切れようものなら私はもう兄に顔向けできないだろう。
けれど、彼は可笑しい。確実に、どう考えても。


兄が勝手に怪人を倒しに行っては困るからヒーロー協会とつながりのあるものは全てトイレに捨てた。
兄が暴れて逃げ出してしまっては困るから金属バットは押し入れに入れて、扉には南京錠をかけてある。
兄がどこかに行ってしまっては困るから、私はこうして毎日見張っている。


監禁生活は三日目を迎えていた。