- ナノ -

違えた『約束』を貴方に

page.25 『指輪』

兄は、強くて、カッコいい。
つまり、だから置いて逝くなんて馬鹿な真似しないってことなんだろう。
我が兄ながら、なんて安直で単純でアホなんだと言わざるを得ない。誰だ、こんな風に育てたやつは。教育係を出せ。
ああ、私か。

兄は精神面が強いからそれでいいんだろう。全部気合でどうにかなる人だものな。
でも、私は違う。過去の記憶は私の正気をむしばみ続けるし、今だって正気かどうかなんてわからない。
夢ではいつも私は首にあの縄を巻いているし、顔がぼやけてのっぺらぼうみたいなあの人は私の手を引こうとする。両親が優しく笑いかけてくれるけど、結局は腕だけになってしまう。
夢から覚めたって両手に血がついているような幻覚を見るし、左手の薬指には抜こうとしても抜けない結婚指輪が時折はまっている。

頭がおかしいのは、私の方なわけだ。
心配で頭がさらにおかしくなってしまいそうだ。
兄は相変わらず私との約束を破ってピアノの演奏会には来ないし、時折手ごわい敵がいたのか傷だらけで帰ってくることがある。
私の心労などお構いなしなのだ。これ以上心配させるのなら、今度はもっと頑丈で、頑強で、兄でも抜け出せないぐらいの監禁場所を作って監禁してやる。

でも、朗報がある。
私に一つのアイデアが瞬いたのだ。
それはある意味で兄と同レベルの安直で単純でアホな思いつきだったかもしれない。けど、だからこそ信じられるかもしれない、そんなアイデアだ。

「サイタマさん。強さの秘訣教えて」
「……ええー」
「やっぱり禿げなきゃダメだの?」
「言葉には気を付けろ。先生は禿じゃない。こういう髪型なんだ」
「ジェノスも言葉に気を付けろ」

まるでゆで卵のような形をしているこの世界で最強の男に強さを秘訣を尋ねる。
別に、これで教えてもらえるわけもないことは知っているけど、強さを求めるんだったらせっかくなら一番強い人の所に行ってみたいじゃないか。それに、居場所もわかっているわけだし。
あーーなんだろうなぁーーと為にならない言葉を吐き出すこの世界の主人公と、その男を先生と仰いぐサイボーグに仏頂面な顔がちょっと動く。
ちょっと感動だな。原作の二人が目の前で見られるなんて。

ジェノスとサイタマが話し初めて二人の夫婦漫才が始まってしまったので、ランドセルを開けて中からメモ帳を取り出す。筆記用具からボールペンを取り出してカリカリと電話番号とメールアドレスを書く。

「はい。これ」
「ん? なんだぁ?」
「私の連絡先。気が向いたら特訓つけて」
「おい、何を勝手に」

よいしょ、とランドセルを背負って床に置いていたあるものを手に握る。

「だって、強くなりたいんだもん」

暴力は反対、喧嘩もダメ。怪人相手の退治だって暴力だ。
だからあの巨大な薄緑色のぼこぼこした怪獣をやっつけた兄を叱った。あと、勝手に動いたこと、部屋から出たことを怒った。だって約束だもの。

兄譲りの笑みを浮かべれば、げっという顔をサイタマがして、ジェノスが何か考え込むように眉を寄せた。

「私、善子っていうの。お兄ちゃんがご迷惑おかけするかもしれませんが、兄ともども宜しくお願いします」

ぺこりと頭を下げて、私の手には大きい金属バットを引きずっていく。

玄関を抜け、扉を閉めた後に扉の向こう側で二人の驚きの声がしたが、スルーしておいた。
そのまま金属バットを引きずって、Z市を後にする。
途中、襲ってきた変態か怪人かわからないのを金属バットで殴りつけて、ポケットに入れておいた携帯を取り出す。

「あ。バングさんからだ。明日、開いてる……じゃあ、稽古つけてもらおう」

あの人はなかなかに筋があるって言ってくれたし、稽古に行くたびに強くなっている実感があるから好きだ。
ふんふんと鼻歌を歌いながら金属バットでリズムを取れば、そのたびにメコメコとアスファルトの地面がへこんでいく。

「絶対、お兄ちゃんより強くなってやる」

それで、お兄ちゃんを守る。
そしたら、あの人みたいに弱い私を守って死ぬなんてこと、ならないもんね。