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違えた『約束』を貴方に

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学校の先生や友達に風邪をひいていたのだと事情を説明し、お叱りと心配の言葉を受けてそれ以外はいつも通りに進んだ。誰も私が兄を家で閉じ込めているなんて思っていないし、思うわけもない。
私はちょっと不愛想だが優等生で通っている。煩い男子小学生を諫めたり、女の子同士の諍いを納めたりしている。別に同年代の他の子がやるとは思うけれど、困っている先生を見たり泣いている子供を見たりするとなんとなく手を出してしまいたくなってしまうのだ。

私が前世の記憶を思い出したのは、4歳の頃だ。
親が怪人に襲われて亡くなって、家も半壊という名の取り壊しだ。
私は家の壁に頭をぶつけて意識を失い、気づいたときには病院だった。
そこには酷く憔悴した兄がいて、私が目覚めたことを泣きながら喜んでくれた。それはそうだ。たった一人の家族も目覚めないなんてなったら、あまりにも可哀そうだ。
家を襲った怪人は、ニュースを知って慌てて帰ってきた兄が金属バットで倒したそうだった。流石は兄だ。そう思った。

両親を失ったのは悲しかった。けれど、私はそこまでショックを受けていなかった。
前世を思い出した衝撃の方が強かったといえばそうだったし、何よりも怪人に襲われたときの記憶が吹っ飛んでいたのだ。だからちょっと現実の事ととらえられなかったのかもしれない。

だから、両親を助けられなかったと男泣きする幼い兄に、あんなことを言ったのだ。

『おにいちゃんが、わたしをたすけてくれたんだよね』
『ぁあ、そうだ……でも――』
『じゃあ、おにいちゃんは、ひーろーだね』

ほら、元気出してよ。だって君、将来S級ヒーローの金属バットでしょ。
よしよし、と頭を出来るだけ優しく撫でてやれば兄は息も絶え絶えになるぐらいに号泣して、私はずっと抱き締めながら撫でてあげていた。


それから、私はずっとバッドの妹として、そして陰ながら保護者として彼の隣にいた。
両親はいなくなってしまったけれど、幸せな日々だったと思う。とても苦労したし、お金の面も大変だった。まだ中学の兄はヒーローではなかったから収入もなかったし、私だってただの4歳児だ。
ただ私も兄も里子に出されるのは嫌だったし、孤児院にだって入りたくなかったから二人であれこれと頑張った。
私はただの4歳児ではなかっただろう。前世で蓄えた社会での知識をフル活用して、どうにか二人で過ごせるように立ち回った。それでいて、奇異の目で見られないように。必死だった。兄を守れるのは私しかいないと思った。両親によくしてもらった、愛してもらった。兄に命を助けてもらった。なら、恩返しをしなければ。

兄は背も伸びてガタイもよくなって、それと人では考えられないほどの力をつけるようになっていった。
やはり両親がいないとちょっかいをかけられることもあったようで、更には兄は目つきが悪いから絡まれることも多い。そうして喧嘩をしていく内に兄はめきめきとその実力をつけていった。
私は喧嘩は嫌いだし、怪我をして帰ってくる兄を見るのも嫌だった。誰だって、子供が怪我をして帰ってくるところなど見たくないだろう。
だから、私の前だけでは暴力はしないでと約束をした。この約束は一応、まだ破られていない。

そして高校生になった兄はヒーロー協会に登録した。私はもう未来が見えていた。というか知っていたし、何よりも兄の実力を見て協会がほっておくものかと思ったのだ。
兄の戦いぶりは結構派手だ。高校生の制服――と言っても改造ボンタンだが――を着て、いつの間にか定着していた立派なリーゼントで、金属バットを振り回す。
弱い者いじめや人が困っているところを見逃せない処も、兄のいいところだ。それが影響して、怪人を見かけたら一にもなく叩きのめしてしまう。そしてヒーロー協会にお呼びがかかった。
C級からS級へ。兄もS級が作られる一端を担ったらしい。それには少し驚いた。

一気にお金に余裕が出来た私たちは喜んだ。兄は何かやりたいことはないかと言ってきて、目を輝かせていたのでどうしようかと迷って、ピアノ教室に通わせてほしいと強請った。兄は喜んで頷いて、家にもピアノが一台やってきた。

幸せだった。両親がいない寂しさはあったけれど、兄は優しく育ってくれて、お金にも困っていなくて、兄は時折私との遊ぶ約束とかを破るけれど、それもまだ手のかかる兄との日常でもあった。

けれど、つい最近。
いいや、一週間前。それが終わりを告げた。