- ナノ -

違えた『約束』を貴方に

page.10 5−0

兄はS級ヒーローだ。これが何を意味しているかなどわかり切っている。
つまり、兄は強いのだ。
人間が叶わない、馬鹿みたいなふざけた怪人相手に金属バットで応戦して叩きのめしてしまう。
だから、簡単に言えば私みたいなただの人間の子供一人の相手など赤子の手首を捻るより容易いのだ。本当に。
そんな赤子が行った拘束道具など糸にも及ばないだろう。
そう、これは彼にとってはままごとで、ただの妹の我儘に付き合っているだけなのだ。
吐き気がするぐらいに優しい兄である。
唯一の家族である妹に、彼は頗る優しかった。物を強請れば絶対に手に入れようとしてくれるし、好きといえば大好きだと返してくれる。強面だけれども私には優しい顔を見せてくれて、それでいて頼もしくあろうと背伸びをしてくれた。彼だってまだ大人ではないのに。

だからこそ。
彼はこうして、監禁され続けてくれている。子供の遊びに付き合ってくれている。
それがどうしようもなく腹立たしくてしょうがなかった。

逃げ出そうとすれば逃げ出せる。この空間からいなくなろうとすればいなくなれる。
オモチャの手錠を腕力で引きちぎり、犬用の首輪を取り外すことがぐらい容易いだろう。
そしてきっと彼はワックスで髪をリーゼントに固めて、金属バットを持って怪人を倒しにいなくなってしまうのだ。私を置いて。

私が起きたのは深夜だった。時計の針はもう12時を過ぎている。次の日になっていた。
昼寝と称して惰眠をむさぼった結果だった。でも、久しぶりにちゃんと眠った。今までは兄がどこかに行ってしまうのではと一睡もできなかったのだ。
目を開ければだんだんと暗闇に目元が慣れてきて、目の前の人の顔が視認できるようになった。
整った顔立ちに男性にしては少し長い髪。
瞼は閉じられていて、髪の毛はサラリと輪郭をそっている。

「バッドお兄ちゃん」

へんてこな兄の名前を付けた両親はもういない。家族はこの兄一人きりだった。
手錠で繋がっている手を握る。金属バットを日夜振っているからか、ゴツゴツとしていて硬い掌だった。
兄の手を握った自分の手に浮かんだ手汗がべとべととしていて血みたいで気持ちが悪い。

「……どこにもいかないで」

こんな茶番、バカらしいのはわかっている。
ただ兄の優しさで成り立っているともわかっている。
けれど、それでも手放せない。

「置いて、いかないで……」

情けない涙が零れた。