- ナノ -
ゴールデンカムイは私の好きな漫画だった。
食事シーンは面白いし、戦うシーンも泥臭くて好きだ。動物の豆知識もちりばめてあって、観るたびに楽しんでいた気がする。
十年前のことなので、記憶がぼんやりとしているが、それでも好きだった思い出はしっかりと覚えている。
そう、確か――彼らは狼を追っていたはずだ。白い賢い狼。
最後の一匹。あれ、でも――谷垣は、その後にも見た。けど――。


「――ッ」
「運のいい娘だな。目を覚ましたのか」
「……おんじん、さん」

暗闇に、浮かび上がる一人の人間。
月明かりに照らされて、輪郭が辛うじて分かる――けど、目に力を集中させればどんな人間か分かった。
前髪を上げて、皺の刻まれた顔。三白眼の眼は鋭く、獲物を狩る者の目をしている。
白髪交じりの初老の男。髭が生えていて、服装は兵隊服ではなく民間人の服だ。
やっぱり、見たことがある。あの人だ。

「なまえ、」
「二瓶鉄造。お前は?」

にへいてつぞう。やっぱり知っている。
熊狩りの名人。自分を狙ってきた猟師三人を殺して、投獄されていた人。
そうして――そうして。

「わたしの、なまえは……」

名前、なんだろう。母熊は名前を付けたりはしなかった。当たり前だ。
なら、私の名前は。

「わたしは――生江」
「……珍しいな、和名か。それとも本名を言う気はないか?」
「ほんみょう……」

ゆるりと首を振る。
嘘は言っていない。これは本当の名前だ。私に名前があるとしたらこれしかない。
親からもらった大事な名前。そういえば親とも十年間会っていないのか……ちょっと会いたいな。
痛みに悩まされながら、二瓶さんを見る。私を見下ろしている姿は恐ろしいが、銃を持っていないからちょっと安心する。

二瓶さんはそのままテントを出ようとしてしまう。行っちゃうの?

「……なんだ?」

身体を少し動かすのも痛かったが、それでも手を伸ばして二瓶さんのズボンを掴んだ。
直ぐにでも振り払えるのに、律儀に待ってくれている。やはり優しい。

「ありがと、にへい、さん」

痛みに頭が痺れていく。瞼が下りていって、意識が混濁する。
その中で、私の手に触れた彼の手は暖かかった。

ありがと