- ナノ -
そんなこんなで六年経ちました。
時間の経過ってのは早いもので、熊生を得て既に十年。人間に換算すると六十歳のおばあちゃんですよ。時折会う熊には年寄り扱いされるし。でも人間に成っても10歳児なんですから面白いですね。
一応人間の姿になってから、アイヌの人々とも交流を持ったりしている。といっても人間の姿に成って川で遊んでいたりしたら慌てて助けられたりとか(寒さで毎回死にかけるけど熊になると意外とどうにかなる)熊が狩られて冥福を祈っていたりすると発見されてこんなところで何をしているんだからの保護しようという流れになる。大体一晩から一週間ほど世話になって黙って抜け出したりしてる。

しかし、最近になってちょっと体調が悪い。
なんだろう。苛々するっていうのかな。生理中じゃないんだけどなあっはっは。
しかも熊でいるときが顕著で、なんかなんでもいいから噛みついたり引っ掻きたくなってしまうんだ。これはもしや本能にやられてきているのか。

でも、十年たっても夢が覚めないのは中々驚きである。
神様は最初のお誘いから夢にも出てきてくれないし(なんか面白いなこの言い方)、私はただただ熊として生きるのみである。時々アイヌ人。
でもやっぱり楽しいので、長い休日と思っていたりする。十年とか贅沢。
出来るだけ長くこの夢を見ていたいなぁと摩訶不思議な状況ながら思う。たぶん悪い事にはならないと思うのだ。神様もすごーく優しげだったし、生活楽しいし。悪い子になっちゃいけない、っていうのがちょっと引っかかるけど、たぶん悪いことしてないからね私!

あ、子供とかは産んでません。別れ辛くなっちゃうからねぇ。一応これでもただの休暇なわけですしおすし。


そんなことを考えながら今日も今日とて獲物を探してうろうろうろうろ。
独り者ですからこういう時楽だよね。自分が餌が欲しいと思ったときに探す。
鹿いないかなぁ。鹿美味しいんだよね。お肉が柔らかくてなぁ。
動物を殺すことに関しては罪悪感とかはきれいさっぱり消え去っていた。普通に熊生始まってから野生動物が殺されるところとか目撃しているから、感覚が麻痺したのかなんなのか。
でも好都合なことに変わりはないので気にしていない。

そんなこんなでうろうろしていれば、鹿発見。
わーいと突撃し即座に息の根を止めて食糧確保。
これで数日は持ちますな。腸を噛みちぎりながら新鮮なお肉に感動する。ううん美味しい。全部食べちゃいたいけどそこまで胃袋大きくないんだよな。残念。
森のきのみや魚も美味しいが、やっぱりお肉も美味しいよね! 炙って塩を振りかけたの食べたいなぁ。アイヌの村でもらったっきり食べてない。
そんなわけでお腹がいっぱいになるまで食べて、残った鹿のお肉は雪で覆って隠します。
白い雪に鹿の頭と足が出ている。こうしておけば他の熊に食べられたりキツネに持ってかれたりしない。でもこうみると大福みたいだよね。餅の中に鹿の新鮮なお肉が……いいな! 丸かじりしたい!!

想像してにやにや(心の中で)しながらその場を去る。この後どうしようかなぁ。やっぱりねぐらで寝てようかな。一日の大半を寝れるのは贅沢です。


次の日


獲物がないんですけど。
え? なに? 誰? 誰がやったの? 私ちゃんと雪に隠してたよね?
流石にこれは駄目ですわ。普段温厚な私でも怒っちゃうよ? おこだよ? 
とりあえず犯人探しだ。こういうことしちゃいけないんだよ。知ってる? ちょっとお仕置き必要だよね。

臭いを辿れば直ぐに私の鹿ちゃんが連れていかれたところが分かった。
三角に作られたテント状の簡易的な家……人間のようだった。
あー人間かーー!! やっぱり人間って駄目だなーーー! そうやって人の獲物勝手に盗るーー!!
あ、アイヌの人は別ね。あの人たち動物にもすごく経緯払ってくれるから。やっぱり殺されるならそういう人たちにだよねー。

そして獲物がそのテントの直ぐ近くに放置されてますね。しかもちゃんと食べた後が。
あーーもう!! ほんとおこだわ!! ちょっと面貸せこの野郎!!

衝動に誘われるままに隠れていた藪から駆け出して、テントへ突撃する。
そのままテントを上から叩き潰せば、内部がさらけ出される。
運よく寝ていたのかなんなのか、横になっていた男は先ほどの直撃を避けられたらしい。坊主頭に体毛が濃い男だった。服装は――兵隊の服だろうか。
驚きの形相でこちらを見ていたが、そんなこと関係ない。

悪い奴は報いを受けなきゃね。

鋭い爪がある腕を振り上げる。殺した後にその場に置いておくのは流石に可哀想だから、全部食べてあげよう。アイヌの村に言ったときに彼らが言っていた。獲物は全部食べて、全部覚えておく。それが獲物に対する礼儀だと。
人の獲物を掻っ攫うようなお前にもそうしてやるんだ。感謝して欲しいなぁ。




『悪い子になっちゃいけないよ』

……そういえば、そんなことを言われていた。なんだか怒りですっかり忘れていた。
けど、悪いのはこの人間だし。
――やっぱり殺そう。

一瞬だけ躊躇した手を再び振り下ろす――瞬間に耳を劈く銃声。
間近で聞こえたそれは的確に私を狙っていた。心臓の一歩手前、直ぐ下の腹付近に銃弾が埋め込まれる。

唖然とした後に、強烈な痛みに身を捩じった。

「ガァアアアアア!!」

痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!!
腹が焼けてるみたいに痛いッ、撃たれた、腹を撃たれた。
なんでどうして痛い痛い痛い痛い。

銃声が聞こえた場所へ目を向ければ、男が一人。前髪を上げた白髪交じりの初老の男。
でもそこから発せられる気配は尋常じゃない――銃に弾を冷静に入れ直すその姿。

殺そうとしている。私を。
殺す? 私を? 殺そうしているの?
どうして? ――私が、悪い子だから?

「ゥウ……!」

逃げなきゃ、殺される。
殺しちゃいけなかったんだ。生きるために獲物を狩るのは必然。だからこそ敬意を忘れないようにする。
けど、恨みや怒りで殺すのは自分の感情だ。理不尽なものだ。
そんなことをしようとしたから、天罰が下ったんだ――でも、まだ、殺していない。

よかった。殺してない、私、まだ人間だ。

私、まだ人間だ。